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さてもさても……
「鷹菱」
「はい、坊っちゃん」
豪奢な西洋風の屋敷に、歳若い主人と従者とふたり。
「足がつかれた、揉んでくれ」
「承知致しました」
鷹菱と呼ばわれた従者は柔和に微笑んで跪き、主人の足を取る。この春高等部に進んだというのにその足は白くて柔らかい。まだ子供どころか少女のようだ。
「学校でお疲れに?」
「ああ。馬鹿ばかりでいやになる」
「坊っちゃんは聡明でいらっしゃるから、無理もありません」
「ふん……」
満足そうな吐息だ。
この聡明で尊大な坊っちゃんが、こんな呼び方を許すのは鷹菱にだけであった。
なぜなら鷹菱は美男子だ。そして彼の仕える四扇の家がなければ主君の座にいて然るべきという古い家の出だ。
そうなっていないのは、ひとえに帝のほか見下ろすもののない、四扇という絶対的な血筋がそこにあったからだ。これはもう唯一の、そして覆されざる道理だった。
そんな彼だから坊っちゃんなどと呼ばうことを許されている。彼以外には名前に敬称をつけて呼ぶほか許さず、一方、そうすることでまるで彼を所有していると誇示しているようにも思われた。
「……痛い」
「腎臓がお疲れやもしれません」
「なんでそんなところが内臓と関係あるんだ」
「人体の不思議というものです。他にも……ここは脳。ここは胃の腑」
「ふうん……」
若い主人は御託には興味がないらしい。つまらなそうな半眼で、己に傅く美丈夫を見ている。
「さすが、お若くていらっしゃる。年を取ると悶絶ものなのですよ」
「他の者にもしているのか」
「いいえ、鷹菱が坊っちゃん以外の者に奉仕することなどございません。自分が施術を受けた折の話です」
鷹菱の言は淡々と、そして甘く柔らかく己の忠誠心を語る。いつだってそれがこの世界の真理であった。
「……なぜそんなに詳しい」
「坊っちゃんの御為です。こうして癒やして差し上げることのできるよう」
「……ふん」
幾度と聞いた吐息。
その後はもういいの声を聞くまで半刻ほど、鷹菱は丁寧に丁寧に主人の細い足を揉んでいた。
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