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なんと矮小で
「鷹菱!」
「はい、坊っちゃん」
時刻はまだ、昼餉の時間を過ぎたばかり。
午後の授業が残っているであろうはずの主人の姿を見ても鷹菱はさして驚かなかった。
すぐに文庫本を置き、車から降りて彼を迎える。
「帰る。気分が悪い」
「お体の具合が?」
「違う。気分だ」
「おや……」
尋ねながらも流れるように後部座席の扉を開け、主人が乗り込んだあときちんと扉を押し閉じたところで慌てたように教諭たちがやってきた。
分厚い扉は声を通さないが、「適当にあしらえ」と指示される。会釈をしてから鷹菱はそちらに向かった。
「先生方。いつもお世話になっております」
「四扇家の方ですね。私学年主任の糸井田と申します。実は遠夜君──」
「ああいえ、私はただの従者です。お気になさらず」
先頭に立つ、中年太りをした男のそれを聞いたときの瞳の色を鷹菱は見定めていた。もう少し情報を出す。
「主人は気分が優れないと申しておりまして──希にあることなのです。本日はお暇を頂いても?」
「そうでしたか!いや当校としては障りありません。お大事にとお伝えください。四扇くんは環境が変わって時がまだ経ちませんからな──無理からぬことです」
「お気遣い感謝いたします。それでは」
危惧するような事態ではなかったようだ。安心したようにわらわらと帰っていく彼らを見送り車に乗り込むと遠夜は一言「遅い」と言った。侘びてから車を発進させ、「お家へ?」と問うた。主人は少し考えている。
「お父上はお仕事でいらっしゃいません」
「父様は関係ない」
「失礼致しました」
「帰る。……その前に、社へ寄ってくれ」
「承知いたしました」
遠夜は、中等部までは別の学校へ通っていた。ごく限られた、やんごとない血統の生徒が多く通う、いわゆる名門校である。
が、世間を広く見せたいとの当主の方針で高等部からは別の、もう少し一般的な、それでも名高い学校へ編入した。その水が合わなかったらしい主人を鑑みて鷹菱はこうして、授業中も駐車場の一角を間借りし控えていたのだった。その判断は大正解だったことになる。伊達に幼少のみぎりから仕えていない。鷹菱としては今日の出来事はごく当然に予想の中にあったものだった。
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