私は学校に潜む幽霊

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「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」 流石は音楽家、腹式からの素晴らしい発声 「どこよ」 「どこから聞こえる!?」 黒板の上、あんたが嫌いな、かの有名な作曲家たちの肖像画 よくみるんだ 耳をすませよ 「えっえっ」 どれもこれも厳しい面持ちだろ 誰も彼も孤高の天才だったんじゃないのかい? あんたはどうだった? 色恋で教え子に嫉妬し、情緒を狂わした いや、違うか バッハもモーツアルトもシューベルトもベルディも恋をして気持ちを音にのせたのか 「はっ」 「ショパンが笑ってる」 「はっ」 「チャイコフスキーの顔が歪んでる」 「はっ」 「ヘンデルが、滝廉太郎が」 おまえに私は特定できない 「んぎゃ、いた」 おまえの愛と恐怖にまみれた感情を弾くのだ 座れ 「からだが!?」 ガタン 「ピアノのが⁉︎」 指をおけ 「きゃ」 引き裂けるほど全ての指を開け 「いたい」 緊張だ 「ゆるんだ」 緩和だ 心を売った曲を奏でろ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 一心不乱、典子は30分も聞いたことも弾いたこともない曲を弾いた 辛い恋、悍ましい自分への戒めに上前歯が下唇を出血するほど強く噛む まばたきもしない 左目はしかめ、右目からは涙 凝り固まった首から上 からくり人形のようにカクカクと音に合わせて動く セミロングの髪が動きとは連動しない乱れ、ヤマンバのように 腕から指だけが鞭、いや、メデューサの蛇 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 それがおまえの姿 恐ろしいのは幽霊か? おまえだ 四季を重んじるおまえはこの曲になんと命名する 死期を察する感性があれば自ずと浮かぶであろう 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 グキグキ ギリギリ 奥歯が擦れる不協和音 下顎が怒りの方へ、上唇が悲しみの方へ 何よりも大事な耳からあふれる液、ぐつぐつと煮えたぎったように熱いのが垂れているを感じる 首がじりじりと左へ 抵抗する顔面の血管は張り裂けんばかりに浮き上がる 右目の涙が止まり照準を合わす 上唇が制御不能でめくれる 食いしばった歯と歯の間から血が滲む 首が左肩の上で止まり メデューサの両腕は鍵盤の中央に集まる ゴリッ 首がさらに25度、左に曲がる 「グヘヘへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへ」 邪道、典子の心からの笑い 外面を外すと下品な笑い方をする奴だった 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 「わたし だよ」 典子の顔を指と認識できない幽霊の手で包む 「わたし だよ」 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 眉間に皺を寄せていた目元が見開き、黒目がスッと小さく縮む 両腕が鍵盤を端から端へと大きく使い、両脚が壊す勢いでペダルを踏みつける 「や〜〜〜〜め~~~~~~~~~て」 死の狂想曲クライマックス 恐怖か、それとも首がいけないのか、血の気を失っていく 逃げ場を失った手は彷徨い続け、諦めの覚悟を決め、最後を迎えようと中央へと集まる 幽霊の手にまだ生きている証の耳から垂れる体液が絡まる ガタンッ 「あああああああああ」 曲の終演を待たずに鍵盤のカバーが勢いをつけて降り、か細い典子の手を粉砕 触れるように典子の顔を包んでいた幽霊の手は指をたて、小指は眼球が飛び出さんばかりにめり込ませ、人差し指は容赦無く耳の穴につっこむ バキバキ  バキッ 首は正面に戻され、自分の目で大事な指が変形しているのを目の当たりにし、痛みが覚醒して悶絶した 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 「ま〜〜だ だよ」 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 気絶寸前の典子は顔をあげ、薄目を開ける 閉まっていた前のドアがあいた 幽霊のフッと息を吹きかける号令でピアノと椅子ごと急発進 扉を大破させ、階段を降る 「あああああああ」 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 「きゃはははははは」 助走だ 死への助走だ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 幽霊は浮遊してついていく ピアノと椅子と胴体化した典子は慌てふためくが結ばれたように離れない ガガガガ ピアノは破損しながら階段を降り、ガラス張りの踊り場を破って表にでた 典子も椅子に座ったまま外へ放り出され、2階の高さから地面に落下 ピアノと椅子の残骸に混じって血だらけで陸上部の部室前で倒れた 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 「きゃはははははははははは」
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