魔性の飲み物なり

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”ご注文は?” ”すみません。初めてなんで、何がいいかな〜” 言いながら目移りして2席空けて座る男女のドリンクを注視。 ”あれは?美味しそうですね” ゾンビグラスに氷が張られ、透明な液体、植物の茎が液体の中で螺旋を巻き、所々に紫の花びらがついている 小洒落たバーにお似合いの一品 20代の女性は華奢で可憐。しかし、表情に陰りがあり、目元が腫れぼったくみえる。20以上年上の男性は落ち着いた雰囲気で、男性がバーの常連で意中の女性を連れてきたと想像できるが、歳の差カップルの別れ際と想像するのは安易な考え。 男性は酒を注文していない。酒任せを警戒しているのか。 ” tear です" ”ほ?” ”見た目とは違う渋い味、飲む前、飲んだ後どちらでもかまいませんが、一緒にだされる粉末を舐めていただくと味が変わり、深みが増します。 ですが、お客様へのお勧めではありません” バーテンダーは自慢の商品を勧めなかった。客に選ばせるのではなく、ベテランバーテンダーの目利きで商品を提供する強気のスタイルということか。 綺麗な20代の女性はグラスを口に運んだ。一瞬、細い首、蛇が蛙を飲むこむように膨らんだ。いい飲みっぷりだ。指示されたように小皿に盛られた粉末を人差し指につけて舌で舐める。女は渋い顔をみせた。 重苦しい2人に会話が始まった ”麗奈、次が必ずあるから。気を落としすぎるな。努力が足りないって審査員に言われたのは悔しいよな。近くで見守ってきた俺だって悔しい。けど、スタープロは大きい。メインスポンサーの大竹製薬と磐石な関係なのは知っているだろう。愛飲飲料がスポンサー降板した事が原因で麗奈個人の技量の問題じゃないさ” 男性は失意の女性を慰める言葉を並べた。言われるほど俯く女性の顔を覗き込むようにする。 ”泣くなって。いや、逆か、今夜は思い切り泣いてさっぱりするか” ”あと少しだったのに、桃園?あの脚本家が私の演技力、ううん、内から滲み出る人間性が薄っぺらいって言った途端、肯定的だった審査員も手のひら返した。肉付きが悪いって、ねえ、飽食の時代の役じゃないでしょう。セクシャルな場面なんていらない朝のドラマなんじゃないの?あの人に私の人生の何がわかるの?” 女性の声はしゃがれていた。酒焼けというよりは日々の発声練習に励んでいる証拠なのだろう。 ”あの脚本家は朝ドラの重鎮だ。逆らうと審査員も立場が危ういからな。業界の厳しさだ、いい勉強だっと割り切るしかない” もう一口、涙を垂らしながらtear を飲む。よく見ると液体に浸かる植物には細かな棘が生えている。見た目ほど清々しい飲料ではないようだ。粉末を舐めて顔をしかめる。 ”苦い…悔しい…昨日今日デビューした娘にとられちゃった。私何やってんだろう” 将来有望な新人女優に提供された一品 ”tear”と”苦渋”という粉末のセット
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