魔性の飲み物なり

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入店して10分 1人で切り盛りするバーテンダーもいよいよ新参者へのカクテルを作りにかかる 真正面でシェイカーを振る。小気味いい音。綺麗な手。精錬された作業。 スカイブルーの液体がカクテルグラスに注がれ、香草をかざす。 さあ、いざっ!! クルッとカクテルグラスを持ったまま背中をむけた。 焦らし 目の前で巧みな技と具材を披露して作って安心感を与え、最後の仕上げはお披露目無し。情報開示が当たり前の時代、だが、秘伝はやはり期待値をグンと上げる。 ”知ってるね〜” グラスを持つ右手が顔の位置まで上がっている。具材を入れるようではない。 匂いを嗅いでいるのか? 右斜前、壁から吊るされる銀のお玉にわずかに湾曲して反射するバーテンダーの顔。形が定かではない。 口をクチュクチュと揉み、集中を唇に集めているように見える。 わずかに首を下に傾けたのは背後からも確認できた。 粘り気あるジャストな一滴がポトリとカクテルに落ち、波紋をうんだ。 お玉の反射ではその一滴は見えなかった。 ”salivateになります” こちらを向き直しスッとカウンターを滑らせるように前に差し出した。 最後の仕上げに一抹の不安があったが、好奇心が勝っている。 ”いいね〜意味は?” ”はい、唾が出るほど美味しいという意味が込められています” ”どうしてこれになったんだろうか。とりあえずいただきますよ” ”ええ、どうぞ” ”うまいね〜。すっきりしてるね。ほんのりミント?” ”そうですね” ”なーんかなじみある味” ”そうですか” ”うん、表現が乏しいのは堪忍して欲しいけど、リステリンを入れた時に広がる風味に若干…いや、乏しいにも程があるか、すみません…いや、でも、いや勘違いか” ”お客様は目移りしてあれもこれもという性格なのでは。ここにきてわずかでもその傾向がありましたから、私生活で欲するものが多いのでは?” ”うわっすごい。自覚してるし、よく言われる。欲しい物多いよねって、他人の物も欲しがるって” ”ええ、適した人が飲めば味を引き出し、いい効果があるはずです” ”効果?” ”適量のお酒は体にいいですから” ”ああ。そうだね。実に美味しいよ” ”ありがとうございます。正直、僕はあまり得意な味ではないんです。好みはそれぞれですから” ”まさに。正直ですね。気に入った” ”いらっしゃいませ。お久しぶりです” 1人の中年、派手な容姿の客が気さくに手を振って入ってきた 物欲旺盛で羨む一見さんが頂いたカクテル ”concealed raw salivate"
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