老婆の話

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老婆の話

 私はドアを開けた。  古城の中でも一際狭い部屋は天井も低い。だが壁には端切(はぎ)れを縫い合わせた見事な布が飾られ、部屋を色彩豊かにしていた。 「メアリ、眠れないの?」  ベッドから声がした。私はそばの小さな椅子に腰掛ける。ベッドの主はもう長くない。調子の良い時に手探りで裁縫をするくらいで、外に出られないほど体が弱っていた。 「おばあ様がお話をしてあげようか」 「またいつもの、女王様のお話?」 「そうだねぇ……」  皺だらけの表情が考え込む。焦点の合わない(めし)いた目は、私を通して別世界を見ているようだった。 「じゃあ今夜は、とっておきの話。私も長くないから、どうしてもこの世に残しておきたい話をしましょう。  姫様の失われた恋の話を」 「え」  驚いた声も聞こえなかったのか、それとも遠い昔に想いを()せているのか。 「あれは城の召使(めしつかい)として働き出した二十の頃。私は、幼い姫様に仕えていたの……」  (しゃが)れ声は、物語を語り始めた。
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