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病と婚姻、そして盲目の恋
既に姫様の二番目の兄も病床にあった。呼吸が苦しくなる肺の病のせいで国民が次々と倒れた。国土には重苦しい影が立ち込め、長兄の戴冠式もひっそりと行われた。幸いにして新たな王は賢く、自ら倹約して療養所を次々と建てた。
そんな中、姫様に隣国の王子との縁談話が持ち上がった。
「繁栄している隣国との結びつきを強め、国を救う一助にしたい。
王子は優しい人柄だと聞いている。安心して嫁ぎなさい」
王の口調は穏やかで、しかし有無を言わせない響きがあった。
姫様は震える小さな声で「はい」と言い、自室に戻ると私にしがみついてきた。
「私が愛しているのはアンドリューだけなのに……エミリ、どうにかならないのかしら」
大きな瞳から宝石のように綺麗な涙がこぼれる。
「申し訳ございません、そればかりは」と言いつつ、「どちらにせよ生活は保障されているのに贅沢なこと」と思っていた。
ただ、さすっている背中は華奢だ。いつも元気な弟たちよりも頼りない。思わず口が動いていた。
「最後に想いを伝えてはいかがでしょう」
「……想いを?」
姫様は私の顔を見上げた。まつ毛が濡れている。
「ええ、隣国に嫁ぐ前に、こっそりと」
私は指先で涙をそっとぬぐう。
「それで区切りをつけるのです。姫様は彼にまだ気持ちを伝えていないでしょう?」
「……そうね」
ようやく姫様の涙が止まった。
私はこの後の縫い物のことを考えていた。姫様の婚礼のドレス、刺繍の柄をどうしようと。
美しい髪を一撫でして、身体を離す。
「明日にでも彼を呼び出しましょう。もうお休みなさいませ」
「わかったわ……ありがとう、エミリ」
扉を閉めるとき、窓の外を姫様は見つめていた。背中は先刻より落ちついたように見えた。
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