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姫の決意、彼の狼狽
翌日、事件は起きた。
姫様の庭園に彼を連れてきた私は、すっかり油断していた。姫様が想いを伝えて、彼がはっきり拒絶して、落ち込む姫様を慰めるうちに婚姻の日が来るだろうと目論んでいた。
だからその告白を聞いて仰天した。
「アンドリュー、愛しています。私と結婚してくれませんか。二人で身分も何もかも関係ない、新しい土地へ行きましょう」
彼も私も、しばらく固まった。
――今、姫様はなんと?
正気に戻ったのは彼が先だった。
「姫様、ご冗談はおやめになってください」と庭園の出口へと駆け出す。
「アンドリュー!」
私は追いかける姫様を後ろから捕まえた。
「姫様!」
「離してエミリ! アンドリュー、待って!」
「申し訳ございません、お気持ちに応えることはできません」と言い残し、彼は去った。
「あぁ……」と悲鳴にも似た声と共に、姫の身体から力が抜ける。
両肩をつかまえ、こちらを向かせた。
「ご自分でおっしゃったことがわかっているのですか! 想いを伝えるだけと言ったではありませんか、お立場をわきまえてください!」
手を振り払われた。
存外に強い力だった。
「いやよ! エミリが言ったんじゃないの、気持ちを伝えたらいいって」
「ですが」
まっすぐ、燃える視線が私を見据える。まっすぐだが愚かだ、と思い、私はなぜだか泣きそうになった。立場を考えず、しかし人生をかけるほどの恋をしている姫様と、家族のためとはいえ、愛よりお金で伴侶を選ぼうとしている私。
愚かなのはどちらだ。
姫様は続ける。
「一晩必死で考えたの。私はこの気持ちを秘密にしておくなんて嫌。一度きりの人生だもの。駆け落ちして、彼とどこか遠い国で暮らすわ」
「――病に苦しむ民を捨てて、ですか」
はっ、と姫様の勢いが止まる。心の弱いところを刺した感触があった。
眼差しが揺らぎ、ついには下を向く。
「そうは……そうは言っていないじゃない」
「いいえ、そう言っています」
「エミリの意地悪!」
姫様はドレスの裾をつまみ、自室へと戻っていく。きっとベッドで泣くのだろう。
私は深い溜息をついた。他の召使に姫様を慰めるよう伝え、父の元へと歩き出す。姫様の護衛を代えてもらうために、どう話そうか考えながら。
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