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騎士団長との話
「なぁ、お姫様はなんとかならないのか。あいつは困り果てているし、何度も言い寄ってるって騎士達に広まってるぞ」
騎士団長はクイーンの駒を指先でつついた。蝋燭の光がチェス盤にゆらめく影を落としている。
私はナイトの駒を進める。
「あなたがそう言うなら、もう国中に知られていると考えた方がいいわね」
ふん、と鼻息が漏れた。目尻のシワが笑う。
「姫様は、ご自分を物語の主人公だと思っていらっしゃるのよ。障害を乗り越え、最後には結ばれるって」
彼の溜息が、盤面の影を震わせた。
「国がそれどころじゃないってわかってないのか」
「わかっては、いるのよ」
私は思い出す。流行病の患者で満杯の療養所、そこに足繁く看病に通う姫様の姿を。
姫様の兄達も、いつ亡くなってもおかしくない。
だけど。
「でも、それが若さというものでしょ。あなただって覚えがあるはずよ」
彼は苦い顔をした。
「……こうなりゃ魔法使いにでも頼むしかないかな」
「魔法使い?」
会話とともに、私達は交互に駒を動かす。
「北の森深くに住んでいるという話だ。代償と引き換えに願いを叶えてくれるらしい」
「代償って」
「金とか、魂だと聞いた」
「ふうん」
得体の知れない輩に頼むには危険だと私は考えを一蹴した。
次の手を考えていると、騎士団長が私の顔をまじまじと見ているのに気付いた。
「何よ」
「なあエミリ。そろそろ嫁いできたらどうだ」
「嫌よ。旦那にするにはあなた年が離れすぎてるもの。それに騎士団長なんて戦になればすぐ死にそうだわ」
「言ってくれるねぇ。俺は強いぜ?」
「どうだか。
――はい、チェックメイト」
彼は悔しがるわけでもなく楽しそうに笑った。
いずれ日常に戻ると思っていた。
翌日、アンドリューは城から姿を消した。
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