女教師のように

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「それで、わたしが朗読するのは誰の作品なのかしら」 「ああ、これなんだが」  そう言いつつ、彼はリネンジャケットの内ポケットから一冊の文庫本を取り出し、わたしに手渡した。それをパラパラとめくってから彼に返し、ちょっと考えさせてと答えた。  そのあとしばらくして彼との関係が終わり、もう会うこともなくなった。  あの蒸し暑い日の変わったリクエストをすっぽかした理由は、彼という人物に幻滅したからだ。  彼がわたしに朗読をリクエストした文庫本は、ただの安っぽい官能小説だった。決して文学なんかじゃない。そんなシロモノを携帯し、かつ、わたしに朗読させようとするなんて。  リクエストされた場所が格式あるフレンチレストランだったから、ということもあるのだろうが、官能文学というからには、少々クラシックな趣きの、マルキド・サドとかポーリーヌ・レアージュあたりを想像していたのに。  彼の人格に過度な期待を抱いていたわたしも悪い。  西陽のあたる部屋で、というシチュエーションが淫靡なエロティックを醸し出していて良かっただけに、残念ではある。
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