4人が本棚に入れています
本棚に追加
「それで、わたしが朗読するのは誰の作品なのかしら」
「ああ、これなんだが」
そう言いつつ、彼はリネンジャケットの内ポケットから一冊の文庫本を取り出し、わたしに手渡した。それをパラパラとめくってから彼に返し、ちょっと考えさせてと答えた。
そのあとしばらくして彼との関係が終わり、もう会うこともなくなった。
あの蒸し暑い日の変わったリクエストをすっぽかした理由は、彼という人物に幻滅したからだ。
彼がわたしに朗読をリクエストした文庫本は、ただの安っぽい官能小説だった。決して文学なんかじゃない。そんなシロモノを携帯し、かつ、わたしに朗読させようとするなんて。
リクエストされた場所が格式あるフレンチレストランだったから、ということもあるのだろうが、官能文学というからには、少々クラシックな趣きの、マルキド・サドとかポーリーヌ・レアージュあたりを想像していたのに。
彼の人格に過度な期待を抱いていたわたしも悪い。
西陽のあたる部屋で、というシチュエーションが淫靡なエロティックを醸し出していて良かっただけに、残念ではある。
最初のコメントを投稿しよう!