法則

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 あの、どうも初めまして、藤川と申します。はい、先日はお電話を頂き、有難うございました。いえいえ、お役に立てるかどうか分かりませんが、あの、どうぞよろしくお願いします……  あの……怪談の取材って、いつもこういうおしゃれな場所で行われるんですか?こんな立派なホテルの中層階のラウンジなんか取って頂いて、何だか申し訳ないですね。はい、今日は特別?たまたまここのすぐ上の宿泊階にお泊り?ああ、なるほど、そういうわけですか。いえいえ、有難うございます。このくらいの高さだと、さすがに眺めがいいですね。今日はお天気もいいから、遠くの方までよく見えて……あれ、富士山ですかね。違いますか。ああ、そうですね、よく見ると形が全然違いますね、あはは……  ええ、実は今、結構緊張してます。緊張というか、その、何というか……やっぱり、不思議な、という感覚ですね。こうしてみると、あらためて不思議な事ってあるんだなあという気持ちが強くしております。思い込みのせいかもしれませんが……あ、前置きが長くなりました。さっさとお話しましょう。  今から一週間ほど前のことです。私が部屋でぼんやりしていると、突然窓の外で、ドン!という大きな音がしました。それに続いて、窓の外の通りに、複数の人のけたたましい悲鳴が響きわたりました。何事かと思って椅子から立ち上がって窓の方に向かうと、"飛び降りだ!救急車!"という誰かの声が聞こえてきて、そこで目が覚めました。  ええ、話というのは、私の夢に関わるお話しなんです。すみません、最初に言っておけばよかったですね。  夢の内容は、今言ったとおりで、短いものです。ところがそれから毎晩、同じような夢を繰り返して見るようになったのです。部屋でぼんやりしていると、突然窓の外で、ドン!と大きな音がする。窓の外の通りで人々の悲鳴があがる。"飛び降りだ!救急車!"という誰かの声が聞こえて、目が覚める。要するに私のいる建物で、飛び降り自殺があった。それも自分のいる部屋のすぐ前を落下した。そんな状況が示唆される夢なんです。そういう夢を毎晩繰り返し見るようになったんです。  ええ、嫌な夢ですよね。自分のいる部屋の窓の外を自殺者が落ちて行ったわけですから。目覚めた時には、いつも嫌な気分でした。  ところで、この夢ですが、日が経つにつれて、少しずつ変化してきたんです。  どういうことかと申しますと、最初は、ドン!と言う音、人々の悲鳴や声といった”音”が聞こえるだけだったわけです。それが、三日ほどすると、それらの音の前に、窓の外を物凄いスピードで落ちていく”何か”、当然それは落下して行く人間なわけですが、そういうものも少しずつ見えるようになってきました。初日や二日目は、多分あまりにも早い落下速度のために、殆ど何も見えなかった。ところが、日が経つにつれ、その人が落ちていく様が、少しずつですが、視界にとらえることが出来るようになってきたわけです。三日目くらいでは、まだまだ速度が速すぎて、何かがすごい速さで落ちていく、くらいしか認識できないわけですが、五日もすると、一人の”人間”が落ちて行く様子が、この目で認識できるようになってきました。  いいえ、目が慣れてきたわけではないんです。最初は私もそう思いましたが、どうもそうではないようです。  つまり、窓の外を落ちていくその人の落下速度が、だんだん遅くなってきてるんです。  物体は落下するとき、加速しながら落ちていきますよね。最初はゆっくり、そしてどんどん加速していって、地面に近づくほど、物凄いスピードになっていくでしょう。  そうなんです。一日ごとに段々その人の落下速度が遅くなっていく、ということは、一日ごとに私のいる場所が落下が始まった高さに近づいていく、要は高くなっていくんです。つまり、夢の中で私のいる部屋というのが、一日ごとに階数が上がっていくんです。実際、日が経つにつれ、あのドン!という音も、人々の悲鳴も救急車を呼ぶ声も、だんだん小さく遠くなって、下の方から聞こえるようになっていきましたからね。部屋の造りが全く同じだったから、ずっと同じ部屋にいるものと思ってましたが、事実はそうじゃなかった。私のいる部屋の階数が、恐らくは落下が始まった高さに向かって、毎日上がっていたわけです。  そうこうしているうちに、その人の落下速度はますます遅くなり、ついにはその人の様子が詳しく私の目に入ってくるようになってきたのです。着ている服の色だとか、頭や手足の位置とかね。因みに、人間が落下すると、脚を下に飛び降りても、頭の方が重いから、結局途中でひっくり返って逆さまに落ちていくらしいですね。  そして、昨日の晩ですが、夢に少し進展がありました。  昨晩見たその夢では、私は、今までの部屋とは少し様子の違う所に座っていました。そこで相変わらずぼうっと窓の外を眺めていると、上の方から、すうっと、まるで滑り降りるようなイメージで、一人の人間が下降してきました。飛び降りた直後のせいか、まだ頭が上になっていました。落下速度がまだ遅い為に、その人の顔は、はっきりと認識出来て、それどころか、しっかり目が合ってしまいました。そう、遂に私は落ちて行く人の顔をしっかりとこの目で見てしまったのです。その表情は微かに微笑んでいる様にも見えましたが、ゆっくりと窓枠の下に消えて行きました。そして暫くしてから、あのドン!という音が下の方から聞こえて……後はいつもの通りです。  ええ、おっしゃるように不気味な夢だと思います。確かに嫌な夢でした。でもね、私としては、不気味でもあると同時に、どちらかと言うと、不思議な体験だという気がしてます。  だって、今朝夢の中で私がいた場所の様子が、まさにこのラウンジに瓜二つだったんですよ。今、入って来た時、本当にびっくりしました。  そして何よりも、あの落ちて行く人の顔。  あなたにそっくりだったんです…… [了]
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