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「さて、お集りの皆様。事件現場を再現する為とはいえ、ドアや窓を閉め切った狭い室内に閉じ込めるような形になって申し訳ありません。ですが、推理もいよいよ大詰め!今回のワンルームのアパートで起きた密室殺人事件。殺害された空木さんは5.5畳の一室で胸を刺されて血まみれの状態で発見されました。死因は刺し傷からの出血多量。凶器は刃渡り17センチの三徳包丁、これは空木さんの自室にある包丁でした。犯人と言い争った形跡はなく、死体が仰向けの体勢であることから、犯人のご友人もしくは面識のある人物だった、そしてその犯人を部屋へ招き入れ振り向いたところを一刺し、と言ったところでしょう。凶器には犯人はおろか空木さんの指紋すら付着していない点から、包丁立ての洗われて乾いた物を手袋などで使用したと考えられます。また現場には、他に犯人を知る手掛かりは一切なく、幸いにも空木さんのご友人が空木さんと連絡が取れないことを不審に思ったことで、今事件の早期発見へとつながったわけであります。そのご友人や警察諸君が訪れた際、玄関の扉には鍵が掛けられており、一つしかない窓にも鍵が掛かっていたとのことです。つまり、発見時、その部屋は完全な密室だった!」
「それで、いったい誰が犯人なんだ?探偵さんよ」
「唐木警部、慌てないでください。先ずは密室のトリックを説明します。その後、この事件の驚くべく犯人を、この私が暴いて差し上げましょう。」
「……ふん。お手並み拝見だな」
「いいでしょう。と、言っても、密室のトリックは実に単純明快。恐らく誰でもできるものでしょう。そして、犯人は逃走の際にもう一つのトリックを使用する、それは、さもすれば人間以外でもできる、トリックとは呼べない代物です」
「人間以外でもできる?」
「そうです。と言っても、それは人間以外の動物、ということではなく、自然物、具体的にはただ一つ、『風』だけですね」
「『風』って、あのピューピュー吹く風か?」
「ええ、そうです。その『風』です。まあ、『自然の風』となるとさまざな気象条件が必要になってしまいますが、今事件での最大のトリックがまさにその『風』であります。と言っても、『人工的な風』になるのですがね」
「…………」
「さて、話が長くなると、ここにお集りの皆様も退屈なさるでしょうから、簡潔に説明しちゃいましょう。犯人は被害者を殺害後、玄関から出たのではなく、一つしかない窓から出ました。ですので、この部屋の鍵の数が減っていなかったのです。犯人は玄関の鍵を内側から閉めると、窓から出ました。そして、二枚の窓を閉めた際に重なり合う極々僅かな隙間部分から強靭で極細の糸、恐らくデンタルフロスなどに使用されるポリスチレンとポリエチレンの混成でしょう、それを予めクレセント錠のハンドル部分に括りつけて外へと出しておき、そして、仕掛けたその糸を上方向に持ち上げるように捻れば、鍵が外側からでも簡単に閉められ密室の完成!となります」
「おいおい、ちょっと待て!『風』はいったいどこで使われたんだ?今の説明じゃ全く登場しなかったぞ?最大のトリックとか自信満々に言っていただろうが」
「唐木警部、慌てない慌てない、慌てないでくださいよ。そのトリックの披露の前に、皆様お待ちかね、先に犯人から申し上げましょう」
「ほほう、犯人か。それで、犯人とはいったい誰なんだね。そんなポケットに手を突っ込んで余裕そうにしているからには、さぞかし自信がおありなのだろうなぁ」
「ええ、勿論ですよ、唐木警部。ご安心してください。その犯人で間違いありません。それでは、いよいよ犯人を申し上げましょう。今回の空木さん殺害の真犯人は――」
「…………犯人、は?」
「その真犯人とは――」
「………………………」
「――私、です!」
その瞬間、探偵はポケットから小型のリモコンを取り出すと、いつの間にやら室内の四方八方に設置されていた強風発生装置を稼働させ、自身は背後の窓から外へと出て、トリック説明の為と銘打って仕掛けておいたクレセント錠の糸の細工を使って鍵を閉め、室内を暴風で満たし、唐木警部を初め、集められた重要参考人たちを見事その密室に閉じ込め、自身は夕闇の中を何食わぬ顔で歩いて去っていった。
四方八方からの暴風に阻まれ身動きが取れない唐木警部は、忌々し気に固く奥歯を噛み締めた。
(今のが、最近噂の自作自演怪盗だったのか……、クソッタレめ!!!)
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