血の滴る天井

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血の滴る天井

 パイプから響いてくる、おおおお、という微かな反響音に、香折(かおり)は顔を顰める。  香折は専業主婦だ。不本意ながら、という形だが、本当に望んでいないのかどうか、それは分からない。  第一の問題は、現在の専業主婦という立場が、夫の転勤に伴うもので、地元で働いていた会社を辞めて夫に随行してきたということだ。夫の勝彦の収入は手取り二十五万より少ない程度で、有閑マダムを気取っていられるほどの余裕は家計にはない。かと言って、単身赴任は家計の出費からしても、乏しい会社の補助制度からしても、勝彦の生活力の無さからしても、また香折の負担を考えても現実的な選択肢ではなかった。  第二の問題、こちらが香折を悩ませている原因だ。赴任先の事業所は都市部にあり、またそれほど大きくはない。社宅はなく、家賃補助がわずかに出る程度で、夫婦は少ない選択肢から住居を探さなければならなかった。結果として、地区四十年を超える、昭和の香り漂うボロアパートに入居せざるを得なくなったということだ。  と言っても、ある程度の修繕は管理会社によりなされていて、入って数日は不便や違和感は特になかった。だが、それ以降になると、隠しきれない建て付けの古めかしさ、建物自体のオンボロさが気にかかってくる。特に気にかかるのが、このパイプから聞こえてくる反響音だ。香折たちの部屋は最上階にあるが、それでもどこかの家が一度に大量の水を下水道に流すと、つまりトイレを流すと、パイプを通してその反響音が聞こえてくる。その事実だけでもかなり不快だが、その時の音がまるで、人間の呻き声のように聞こえて、香折の気を日々滅入らせていた。
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