プロローグ

1/1
301人が本棚に入れています
本棚に追加
/152ページ

プロローグ

 あんたのそばにいる理由が欲しい。成績が一番になったとしても、あんたの中の一番になれないのなら意味がない。普通、高校生の男を相手にしないよね?弟的な存在でいる限り、視線を向けてもらえるなら、それでいい。多くを望んでも仕方がないよね。この胸の痛みを箱に詰めて、ぐるぐる巻きにして、ドアの向こうに置いた。今の自分には、そうすることしか出来なかった。 ***  夢のなかにいる。ここはどこだろう?  ライトアップされたホテルの外壁に囲まれた庭だ。木々が立ち並んだこの庭の中央には、同じくライトアップされた大きな噴水がある。  俺は、赤い振袖を着ている。なんで? 「夏樹」  名前を呼ばれたほうへ向くと、知らない男性が座っていた。二度見するほど整った顔をしているが、怖い雰囲気があった。  その大きな手で、頬に優しく触れられた。お互いの呼吸の音が感じられる程に距離が近づいても、唇が重なることはなかった。 静かな庭の中で聞こえるのは、噴水の穏やかな流れの音と、お互いの呼吸の音、そして心臓の鼓動だけだった。  動けばすぐに唇が重なる距離にあるのに、お互いにそのまま動かずにいた。手のひらから伝わる体温と鼓動だけでも、自分は満足だった。  このまま触れずに離れていければ楽なのかな。何もない自分が彼の世界に飛び込んだら溺れそうだ。そう思っていた時、抱きしめられた。 「無理ばかりさせて悪かった」 「俺の方こそごめん。心配かけたね……」  静かな夜の庭の中、ライトアップされた噴水からの灯りが自分たちを包んでいた。なるべく多く体の中に刻み付けたくて、彼の呼吸ごと奪うように唇を重ねていた。  力強い腕の中に閉じ込められている。息苦しくなって体を押そうとしても、反対にすがりつくものになってしまう。  お互いの呼吸の音がひとつになり、視線を感じられる余裕のある優しい触れ合いに変わった時、ゆっくりと唇が離れた。  本当は離れたくなどないのに。  そう思って、俺は泣いていた。 ***
/152ページ

最初のコメントを投稿しよう!