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プロローグ
あんたのそばにいる理由が欲しい。成績が一番になったとしても、あんたの中の一番になれないのなら意味がない。普通、高校生の男を相手にしないよね?弟的な存在でいる限り、視線を向けてもらえるなら、それでいい。多くを望んでも仕方がないよね。この胸の痛みを箱に詰めて、ぐるぐる巻きにして、ドアの向こうに置いた。今の自分には、そうすることしか出来なかった。
***
夢のなかにいる。ここはどこだろう?
ライトアップされたホテルの外壁に囲まれた庭だ。木々が立ち並んだこの庭の中央には、同じくライトアップされた大きな噴水がある。
俺は、赤い振袖を着ている。なんで?
「夏樹」
名前を呼ばれたほうへ向くと、知らない男性が座っていた。二度見するほど整った顔をしているが、怖い雰囲気があった。
その大きな手で、頬に優しく触れられた。お互いの呼吸の音が感じられる程に距離が近づいても、唇が重なることはなかった。 静かな庭の中で聞こえるのは、噴水の穏やかな流れの音と、お互いの呼吸の音、そして心臓の鼓動だけだった。
動けばすぐに唇が重なる距離にあるのに、お互いにそのまま動かずにいた。手のひらから伝わる体温と鼓動だけでも、自分は満足だった。
このまま触れずに離れていければ楽なのかな。何もない自分が彼の世界に飛び込んだら溺れそうだ。そう思っていた時、抱きしめられた。
「無理ばかりさせて悪かった」
「俺の方こそごめん。心配かけたね……」
静かな夜の庭の中、ライトアップされた噴水からの灯りが自分たちを包んでいた。なるべく多く体の中に刻み付けたくて、彼の呼吸ごと奪うように唇を重ねていた。
力強い腕の中に閉じ込められている。息苦しくなって体を押そうとしても、反対にすがりつくものになってしまう。
お互いの呼吸の音がひとつになり、視線を感じられる余裕のある優しい触れ合いに変わった時、ゆっくりと唇が離れた。
本当は離れたくなどないのに。
そう思って、俺は泣いていた。
***
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