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「メリークリスマス、安里さん」
「メリークリスマス、恵介くん」
チンとグラスを鳴らして、ワインを口に含む。
美味しかった料理をすっきりとさせる味わい。
初めてのクリスマス、空にはぽかり、丸い月が。
出会って半年が過ぎた、僕たちを見守っている。
「これ、プレゼント。よかったら……」
ぎこちない仕草と言葉で、正直自己嫌悪。
半年経ってもまだこの体たらく。
でも、あなたは笑顔で受け取ってくれる。
「ありがとう。なんだろぉ」
少女のような悪戯な瞳で僕を見つめる。
ダメだよ、息ができなくなるから。
「わぁ、キレイ……」
四種の石を縦並びにしたトップの、
オリジナルデザインのネックレス。
「キレイな配色……ん? これってもしかして?」
「そのもしかしてっ!」
「意地悪……」
「違うよ、僕たちの初めて交わした言葉だから」
慌てる僕にまた、その悪戯な瞳。
息を呑む僕にそして、破顔一笑。
「すごく嬉しい! 大事にするね」
「うん、実は……」
そう言って僕は、ネクタイを緩め、
シャツのボタンを外してみせる。
「え! お揃いなの? 可愛いことするのね」
「イヤ、かな?」
「イヤじゃないよ! すごく嬉しいよ!」
そう言ってあなたは笑顔のまま、その細い首に。
ほんとは、僕がつけてあげたかったけど。
震える指先にまた、笑われるのがオチ。
「ねぇ、ちょっと確認してきていい?」
「え?」
「お手洗いの鏡で」
「ああ」
スキップしそうな足取りのあなたを見送って、
空の月の前を薄い雲が何度か横切るのに気づく。
あなたに初めて会った日のこと、思い出す。
◇◇◇
中途半端な季節に配属された、雑用係とも言える、広告二部の新しい部長。花形の営業一部課長からの異動に好奇の目が寄せられているのは僕でもわかる。それでもあなたは終始笑顔で、こう言った。
「広告デザインは全くの素人です。一から教えてください」
隕石の相手は任せた、と課長に肩を叩かれた。広告二部は地下一階、上層階からの異動を揶揄した言葉には負の感情が色々と込められているようだ。しかし、入社七年目にして、未だペーペーのカメラマンの僕に何を任せる? 身の危険を感じた僕は逃げるように、広告素材撮影の現場に向かった。
会社に戻ったのは、20時を回っていた。
いつも17時を回ると誰もいないオフィス。しかし、その日は明かりが点っていた。あなたは一人、いくつもの書類とにらめっこ。僕には気づいてないかのようだった。
僕は撮影したデータを自分のパソコンに流し込む。素材として使えそうなものを数枚、作業用フォルダへ。そして帰ろうとしたときに気配を感じた。
あなたが僕の後ろに立っていた。
「CMYKって何? 今更聞けなくて」
初めてあなたと交わした言葉。
その日は結局24時を回った。結果的に課長のご指示通りに働いた僕に、ありがとうと言いながら手を振って、深夜の街に消えるあなたを見て、なんとなくオフィスの空気が変わる予感がした。
それから半年以上たって今では、雑用係とは言わせない成績を上げるあなた。僕は今まで胸の奥に押し込んでいたモノをあなたに捧げた。それをあなたは、まるで創造主のように次々と形にしてくれた。
「松田くんの発想力のおかげよ」
「江川部長の求心力のせいですよ」
僕たちはよきパートナーになった。係長という役職を持たせてくれた。毎日朝から晩まで一緒に過ごした。仕事以外のこともたくさん話した。
そして僕たちは惹かれあった。
やがて当然のように結ばれた。
「恵介くん、お疲れさま」
「安里さん、お腹すきません?」
二人きりの時は名前で呼び合う仲に。
それでも、まだ安里さん。
やっぱり、まだ恵介くん。
そして初めてのクリスマス。
◇◇◇
「お待たせ! めっちゃいい、コレ」
「ほんと? 喜んでくれてよかった」
「シアン、マゼンタ、イエロー、黒」
「初めて交わした言葉」
「本当に素人だったんだもの」
「おかげさまで、今こうしていられる」
「アクセサリとしても色の対比が映えるね」
「黒が入るからユニセックスでもいいかなって」
「さすが視覚に訴えるセンスがステキよ」
「なんか、とってつけたような褒め言葉」
「何よ、文句ある?」
「な……ないです。ハイっ」
店を出たあなたは月明かりの下で踊る。
初めてトゥシューズを履いた少女の様。
クルリと一回転、そして上機嫌のまま、
歩道橋を軽やかに一つ二つのぼってく。
「あっ!」
あなた越しに見る空、いつのまに。
月は隠れ、白い雪がフワリと舞い降りる。
手のひらを上にして眺めるあなた。
僕のファインダーに永遠に収めた。
「ホワイトクリスマス。キレイ……」
「安里の横顔の方がキレイ……」
あなたの頬が赤く染まる。
でもすぐにあの悪戯な瞳。
「このタイミングで呼び捨てとは、プレゼン力、あげたね」
「あの、ああ、それは、その……」
「嬉しいよ、恵介」
突然僕にダイビングする君。
慌ててそれを受け止めた僕。
ギュッと抱きしめた温もり。
そっと唇かさね感じる幸せ。
聖なる夜に深めた愛の力は、
CMYK魔法のJUMON。
最強コンビが広告二部から、
社史に残る快進撃を始める。
それはまた、別のお話でね。
【おしまい】
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