光の中へ

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「なんか、あいかわらず静かな人よね、三沢君って。週6日、22時から5時までのシフトに入ってるって、昼間どういう生活してんのかしら」  3時からシフトに入っている40代の米田さんが、少し笑いながら小声で言う。 「米田さんにも、そんな話はしてくれないんですか?」 「一回それとなく訊いたことあるんだけど、帰ったらすぐ寝ますって、なんとなくはぐらかされたから、私生活はあまり話したくないのかなあって思って、それからは訊かないようにしてるのよ」 「まさか、昼間はずっと寝てる人なんですかね」 「うーん、25歳で週6の7時間深夜バイト、昼間はずっと日に当たらず寝てるって想像したらちょっとドラキュラじみてるわね」  脳内にドラキュラのコスプレをした三沢君が一瞬浮かんで、ちょっとだけ笑った。細身で長身で色白の彼なら設定としては悪くない。好き嫌いは分かれるけど、充分アリだ。  けれど、昼も夜も引きこもりつづけた記憶のある身には、そんな何気ない妄想も自身に跳ね返ってきてしまう。傷心女子大生のドラキュラは、今思い出しても、みじめで痛い。  私は3か月前、かなりショックな失恋をし、大学に行くことも遊びに行くこともできなくなって、ほぼ1か月、マンションに引きこもっていた。  大学のサークルで知り合った先輩に、二股をかけられていたのが分かったのも青天の霹靂だったが、もう一人の院生の彼女のほうが本命だったらしく、逆に「付きまとって来たのはあの女で、実際迷惑してたんだ」と周りに酷い噂を撒かれたことが、私の気持ちを打ちのめした。今まで輝いていたものがすべてガラクタにかわり、信じていたものがぜんぶ嘘臭く感じてしまうようになった。安心して歩いていた道が崩壊して、まだ歩きたければ、自分で道を一から作れよ、と言われているような気がして、歩けなくなった。  相手に腹を立てると言う感情よりも、自分がみじめで、情けない気持ちばかりが膨らんで、もう陽の光も見たくなかった。暗闇に溶けている時間だけ、呼吸ができた。
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