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「体調悪いなら休めばいいのに、無理して出るからあんなになっちまうんだ。だんだん動きがゾンビっぽくなってさあ、もういいから帰れって4時くらいから言ってたんだ」
客が帰った後、口は悪いけど思い遣りの伝わる口調で、杉本さんは笑いながら話す。
「代わりに入ってくれる人が見つからなかったのかもしれませんね」
私も、前に同じ経験をした。深夜の時間帯は、交代要員を見つけるのが困難なので、そんなときは少し無理をして出勤してしまう。
商品の検品をしながら、ひとしきりバイトに冷たい店長の愚痴を言った後、杉本さんは、白んで来た外の景色を眺めながら、唐突に切り出した。
「そういえば三沢って、割と無口だけど、話すとちょっと面白いよな」
興味を引かれて、手を止める。
「そうなんですか? 引継ぎ以外で、ちゃんと話をした事がなくて」
「ほとんど毎日、深夜のバイト7時間もする生活って不思議だから、昼間は何してんだ? って聞いたんだよ。そしたらさ、少し考える素振りしたあと、ウサギです、って言うんだ」
「え?」
「ウサギ」
杉本さんは、両手で耳を作って、ピョンピョン跳ねる真似をする。
私は口をぽかんと開けて、杉本さんの説明を待った。
「なんかの冗談だって分かってるけど、すごく真面目な顔をして言うから、やけにおかしくってさ。そうか、うさぎだったか。陽に当たれないドラキュラとかじゃ無いだけましだよな、って返したら、またしばらくじっと考えて、眩しいのが苦手だから、ドラキュラの方が良かったかもしれません、だって」
その口調がなんかやけに面白いんだよ、と杉本さんが思い出しながら笑うので、私も釣られて笑った。
杉本さんがこんな感じの陽気な人だから、冗談を言ってみたくなったんだろうか。普段そんなことを言いそうにないから、想像しただけでギャップでかわいく思える。
けれど同時に、少し嫉妬に似た感覚も胸の奥にあった。私には絶対に見せてくれない表情を、杉本さんや米田さんや、他の人には見せるのかな、と。
引継ぎするだけの関係だから仕方がないけど、やはり気になる。私にはどうして、あんなに余所余所しいのだろう。
さっきすれ違う時に胸に湧いた胸の疼きが、時間が立つにつれてモヤモヤに変る。軽やかな電子音と共に数人の客が入って来るまで、しばらくその苦い感情は続いた。
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