《零》『僕』が生まれた日

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一葉(かずは)』 『おかあさま!』 一日に一度。父の目を盗んで母屋からやってきてくれる母に駆け寄って抱き着く。柔らかく抱き返してくれる母からは、優しいお日様の香りがした。 僕の幼少期の記憶の大半は、母だけで埋め尽くされている。僕は運悪く男尊女卑が根強く、尚且つ、"男女の双子は忌み子"と信じ込む父の元に生まれてしまった。よって、僕はこの世に生まれ落ちた瞬間から。 目の前を歩いていても、僕は空気だと思われているくらいに。 兄の一葵(かずき)だけは男だからなのか、次期伯爵家の跡継ぎになるからなのか、父も甘やかし可愛がっていた記憶がある。初めのうちは兄も僕が隔離されている離れにやって来てくれたけれど、そのうち父と同じように染まってしまい、僕を嫌うようになった。 それからはずっと、母だけが僕の傍にいてくれた――。 『あなたは私の可愛い娘だもの。ずっと、ずっと大好きよ』 『わたしも、おかあさまが大好き!』 伯爵家の夫人としても、一葵の母としても、少ない時間だとしても毎日僕に会いに来てくれた。その度に抱き締められて、頭を撫でられて、『大好き大好き』と言われて••••••。 この時間が永遠に続けば――と、ずっと願っていた。 だからかもしれない。 それから数ヶ月。僕が五歳を迎えた日に、母は事故に遭って死んだ。冬道で滑った馬車が暴走し、それに撥ねられたとのことだった。 僕が――忌み子が、呪い殺してしまったのかもしれない。
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