《零》『僕』が生まれた日

3/6
前へ
/690ページ
次へ
『かわいそうにね、かずは』 母が死んでも葬儀に参列させて貰えず、見送りも出来なかった僕は、ずっと離れの隅で膝を抱えて泣いていた。三日三晩どころじゃない、もう二週間ほど経っていたのではないか。 ずっと泣き続け、目が腫れても声が枯れても止むことはなく、運ばれてくる食事にもまともに手を付けられなかった。 そんな中、久しぶりに聞く声の主は嘲るように笑っていた。――兄の一葵である。 『おにいさま••••••』 『かあさまのこと、大好きだったもんねぇ。おれも好きだったよ。お前はきらいだけどな』 『••••••••••••』 『おんなじ人から生まれたとか思いたくもないよ。おれはともかく、こんな役にも立たない女をおれと一緒に産むとかさ。――なんで死んで産まれなかったの?』 "一葉、大好きよ" "ずっと一緒にいるわ" "誕生日の贈り物ね、一葉にとても似合いそうな反物を見付けたの" "それでお着物を仕立てるから、着て見せてね" 母が死んでしまう直前に話した言葉がなだれ込んでくる。僕の為に着物を仕立てに行った母は、僕にそれを渡すことなく死んでしまった。――僕のせいだ。 『おい泣くなよ、女がうつる!あぁ気持ち悪いなぁ!』 兄は僕を打とうとして、その手を振り上げたまま止めた。そして嬉しそうに笑う。何かを思い出したかのように。
/690ページ

最初のコメントを投稿しよう!

154人が本棚に入れています
本棚に追加