《拾弐》夏影に溶ける想い

19/42
前へ
/690ページ
次へ
「来て早々に山登りをしたのに、授業もするなんて、無理だ••••••」 「体力作りの側面もあるからな。あ、座らない方がいい。座ると疲れが一気に出てしまうぞ」 そう言われグッと座りたい衝動を抑えながら、与えられた小屋の片隅で荷物を解き、中から今からの時間に必要な勉強道具を取り出していく。――座ってはいけないので、立ったまま。今すぐにでも座ってしまいたい欲望を堪えながら、もう既にプルプルと震える足を叱咤し、中腰からゆっくりと背筋を伸ばした。 (林間学校が終わっても、屋敷の周りを歩いたりしよう••••••) 洋装は洋装でも、もっと柔軟性のある生地で作りたいと初めて思った。そんな素材があるのかは疑問だけれど、このまま技術が発展すれば有り得ない話ではないだろう。革靴でも草履でも下駄でもない、歩きやすい靴••••••とか。出来たら暮らしも豊かになるだろうなと、あるかもしれない未来を想像した。 「一葉、そろそろ」 「う、うん。数学だな」 「••••••いや、物理学だ」 「••••••••••••」 この僅かな時間で僕は随分と鈍ってしまったようだ。受ける科目すら頭に入っていないとは、このままいったら知恵熱でも出しかねない勢いである。 僕は慌てて教科書を取り替えて、四之宮を引っ張って小屋を出た。ムワッと蒸し暑い空気が顔に叩き付けられ、反射的に目を閉じてしまう。湿気でシャツが肌に貼り付きそうだ。山でありながら蒸し暑さは健在で、ちっとも軽減されていない。 まだ椿鬼原邸周辺の方が涼しいだろう。
/690ページ

最初のコメントを投稿しよう!

153人が本棚に入れています
本棚に追加