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「私も、もう一度挑戦したい」
「なら隣で見ているから。真上から包丁は振り下ろすなよ」
「お、同じ轍は踏まない」
僕は四之宮に包丁を託し、言葉通りに隣で見守ることに。『同じ轍は踏まない』と豪語していた彼だったけれど、包丁を握る右手は小刻みに震えている。手がブレると誤って指を傷付けるかもしれない。
「不安か?」
「そんなことは••••••。ただ自分の意思に反して、手が震えてしまうんだ」
「一回包丁を置いて」
ほぼ僕が奪うように四之宮から包丁を今一度取り上げると、見るからに落胆した様子で彼は顔を背けた。
「やはり危なっかしいか。諦めた方が――」
「そうじゃなくて。少しでも気を落ち着かせようかと」
僕の背丈が多少なりとも一般女性より高くてよかった。友人相手にするものではないかもしれないが、僕はこうされると落ち着くからという理由で、爪先立ちになり、四之宮の頭に手を伸ばした。緩く撫でると僕のものとは違う、柔らかい髪質を感じる。
視線の先に耳の縁を染めた彼が映った。
「な、何故撫でる」
「僕はこうされると落ち着くんだ。四之宮はどうだか知らないけど、少しは落ち着いてくれるかと思って。頑張ろうとしているの、凄く伝わってくるから」
「••••••っ、わか、ったから、もう落ち着いたから離してくれ」
居た堪れなくなってしまったのか、四之宮は僕の手を頭から離させると、再び包丁を手にし、ゆっくりと深呼吸をした。振り上げることなく、刃が大根に沈んでいき、トンっと軽い音がする。丁度いい厚みのものが、一切れ出来ていた。
「で、でででで出来たっ!!出来たぞ!!」
「うん。その要領でやってみて」
「ああああっ、何だか出来る気がしてきた!!や、やるぞ私はっ!!」
目を爛々にして只管手早く野菜を切っていく四之宮が、自分の指を切ってしまうのは時間の問題なのであった。
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