《拾弐》夏影に溶ける想い

26/42
前へ
/690ページ
次へ
「私も、もう一度挑戦したい」 「なら隣で見ているから。真上から包丁は振り下ろすなよ」 「お、同じ轍は踏まない」 僕は四之宮に包丁を託し、言葉通りに隣で見守ることに。『同じ轍は踏まない』と豪語していた彼だったけれど、包丁を握る右手は小刻みに震えている。手がブレると誤って指を傷付けるかもしれない。 「不安か?」 「そんなことは••••••。ただ自分の意思に反して、手が震えてしまうんだ」 「一回包丁を置いて」 ほぼ僕が奪うように四之宮から包丁を今一度取り上げると、見るからに落胆した様子で彼は顔を背けた。 「やはり危なっかしいか。諦めた方が――」 「そうじゃなくて。少しでも気を落ち着かせようかと」 僕の背丈が多少なりとも一般女性より高くてよかった。友人相手にするものではないかもしれないが、僕はこうされると落ち着くからという理由で、爪先立ちになり、四之宮の頭に手を伸ばした。緩く撫でると僕のものとは違う、柔らかい髪質を感じる。 視線の先に耳の縁を染めた彼が映った。 「な、何故撫でる」 「僕はこうされると落ち着くんだ。四之宮はどうだか知らないけど、少しは落ち着いてくれるかと思って。頑張ろうとしているの、凄く伝わってくるから」 「••••••っ、わか、ったから、もう落ち着いたから離してくれ」 居た堪れなくなってしまったのか、四之宮は僕の手を頭から離させると、再び包丁を手にし、ゆっくりと深呼吸をした。振り上げることなく、刃が大根に沈んでいき、トンっと軽い音がする。丁度いい厚みのものが、一切れ出来ていた。 「で、でででで出来たっ!!出来たぞ!!」 「うん。その要領でやってみて」 「ああああっ、何だか出来る気がしてきた!!や、やるぞ私はっ!!」 目を爛々にして只管手早く野菜を切っていく四之宮が、自分の指を切ってしまうのは時間の問題なのであった。
/690ページ

最初のコメントを投稿しよう!

153人が本棚に入れています
本棚に追加