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今日はとても陽射しがやわらかくて、額に汗が滲むほど穏やかだ。
何処かの見世の姉様方が客の見送りにそこいら中を歩いている。ついでに花見もしているようで、桜の木を見上げては、笑顔を浮かべていた。
白粉の匂いが、ふわり、と風に乗って運ばれてくる。良い香りをさせた姉様方は帰りの途で私に微笑みかけていくので、私もそっと微笑み返しておいた。
積み上げられた荷を一個ずつ下ろして、並べている間に、医者の夏樹先生が店に来ていた。
夏樹先生は養生所の所長で、薬問屋伊織屋の亭主だ。
先月くらいから店のことを全て任されるようになったと聞いた。
私の父様とは幼馴染だし、親友だからか、よく相談に来る。
夏樹先生がうちに来る時は、無心や重い荷を遠くまで運んで欲しい時がほとんどだ。
私は特に何も思わずに作業を続ける。
どうやら今日は父様ではなくて、母様に相談に来たようだった。
母様は「吉原一可憐な花魁」と言われたくらいの人だから、話の上手い人だ。なんでも答えることができると思う。
積み荷の整頓ができたので車を引いて配達に向かうことにした。
「ちぃにいさま。もももついていきますなの!」
「遠くに行かないですよ」
「お花見に行くなの」
妹のももと一緒に春の吉原を歩く。方々の見世では花見が始まっていて、笑い声や三味の音が聞こえている。芸妓の姉さんが練習しているだけかもしれないけれど、私には確かめようがない。
私もおももも「珍しい」髪の色をしているから、よく目立つ。目立つのは苦手だ。見られたら恥ずかしくて顔が赤くなってしまうから嫌だ。
他人が言うには、目も「変わった」色をしているらしい。
母様譲りの天色の瞳は好奇の目で見られてしまうから、なるべく人通りの少ない道を歩きたいが、人の少ない道はスリが多いから……、仕方なく、人が多く行き交う仲の町を歩く。
桜の花びらが貝殻のように白く光って落ちる。幾万という花が散っていく。
「桜は俯いて咲くから、下から見上げるのが良い」と父様が言っていた。
俯いて咲く花は下から見てやれば良い。抱き上げてでも。
配達に行き、数刻してから店に戻ったら、父様と母様が交合していた。
邪魔するわけにもいかないし、見ているのも悪い。
私はおももと吉原を散歩することにした。
これで私に妹か弟が増えたら嬉しい。おももだって、自分に下の弟妹ができたら嬉しいと思う。
あかりが灯り、清搔が始まる。もう夜見世の時間らしい。
張見世に居並ぶ姉さん方が煙管を吸いつけている姿が艶っぽい。道行く男に手招きをして、恍惚した瞳で見つめている。
あそこは私の給金じゃとても通えない大見世だ。
父様に言えば通えると思うけれど、目を惹くような女がいない。
どの人も綺麗や可愛いと思うけれど、母様やおももに比べたら、雲泥の差がある。父様だって、そこの繊毛に座っている花魁より綺麗な顔をしてるんだ。
「ちぃにいさま。何処まで行くなの?」
「もうちっとだけ歩こうかなって。疲れましたか?」
「ううん。……もも、夢夏せんせに会いたいの」
「うーん……。この時分に伊織屋に行っても開いてないし、夏樹せんせやおはるさんが私達を急患と勘違いしますよ。また今度連れて行ってあげますから」
「ざんねんなの……」
夢夏は、伊織屋の薬師だ。
夏樹先生とおはるさんの息子で、伊織屋の次期亭主。明るくて、いつも笑っているような子だ。素直で、人懐こい性格をしていて、誰とでもすぐ打ち解けるし、仲良くなれる。私は彼が少し羨ましい。おももは、そんな夢夏に惚れている様子だった。
おももが道で転んで怪我をしたところを、たまたま通りがかった彼が手当てした。それからぞっこんだ。彼に会いたいからか、度々わざと怪我をする。私も困っているが、父様は更に困っている様子だった。
父様曰く「昔のおけいにそっくり」。
昔、母様も父様に心配してもらいたくて自らを傷つけていたことがあるらしい。
吉原をぐるりと回って、店に戻ってきた。
店先に母様がいた。強い精の香りがする。腰がぞわぞわする。
「二人とも、おかえりなさいやの」
「ただいまなの!」
「ただいま戻りました」
母様の声は少し掠れていて、それがさっき窺った姿を思い出させて、ひどく気が悪くなる。
身体が熱い。どうしたら良いかはわかっているけれど、私の部屋はおももと一緒にされているから……せんずりをするにも、むずかしい。
「――千歳。夏樹様がお昼に来て、夜になったら、そこの裏茶屋に来て欲しいと言ってたやの」
「え。裏茶屋にですか?」
「夢夏がどうしてもあなたと話したいことがあるんやって。そこの茶屋で待ってるから、行っといで」
「ももも! ももも一緒に行くなの!」
「ううん。おももは駄目。ほら、早く」
母様にくるりと身体を反転させられ、背中を押される。
背後でおももが何か言ってた気がするけど、気にせずに言われた裏茶屋に向かうことにした。
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