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「ねえってば!」
少し苛立った声をあげた真澄。
「ん?なに?」
「最近さぁ、スマホばかりいじってわたしの話を聞いてくれないよね?」
「そう?」
「そう。何か面白いことでもあるの?スマホの中に」
「なんで?」
「だって、あなた、なんだかうれしそうにスマホをいじってるから」
僕の手が止まる。真澄を一瞥し、またスマホに視線を落とす。
「そうかな?いつもと同じだけど」
「同じ?違うよ。なんだか最近変わったよ、なにがあったの?」
ナオとのやり取りが楽しくなっていたのは確か。それが顔に出ていたのか。
「べつに……何もないよ」
本当に何もない。ただパートナーの浮気の相談をしていただけだし、もしかしたらこのナオという女性も女性じゃないかもしれない、そんなあやふやなSNSの繋がりだけだ。
「絶対、何かある!ねぇ、スマホ、見せてよ」
僕の手が止まった。
「ごめん、次の取材先との交渉中なんだ。ちょっとほっといてくれるかな」
「ホントに?」
「そうだよ、ホント。でも、もういいや、だいたいのことは話がついたから」
僕はそう言うと、スマホをロックしてテーブルに置く。時間は20時を少し過ぎていた。
「僕、先に風呂に入るわ」
「あ、うん……」
真澄はまだ何か言いたげだったけど。
シャワーを浴びながら、鏡を見た。普段はそんなに気にならない自分の顔を、じっくりと見る。
___そろそろ、散髪も必要だな
眉毛も揃えてみるか、なんて考える。架空とはいえ、女性と会うのに(実際には会わないのだけど)こんな薄汚い男では、ドン引きされてしまうだろう。夏物の新しいシャツも買おうか、仕事着はいつもくたびれた服ばかりだし。あー、そうすると新しい靴も欲しくなる……まるで初めてのデートに行くための準備のようだと、おかしくなってくる。
ナオとの遊園地での架空のデートのことばかり考えていたら、真澄の行いのことが気にならなくなっていた。そしておそらくそんな僕は、真澄にとって怪しい行動をするようになっていたのだろう。
真澄はやたらに話しかけてくるようになったし、僕のスケジュールを確認してくるようになった。もちろん、なにもないのだからどれだけ確認されても、例えば誰かに(探偵とか)詮索されても何も出てこないのだけど。
「0は何を掛けても0」
ナオとよく言い合っていた合言葉。僕とナオの間には何もない『0』、恋愛感情も『0』、お互いの素性も『0』、でもだからこそ相談相手としては、最高の立ち位置だ。
そんなことを真澄に説明しても、きっと理解できないだろうけど。真澄の知らない《僕》
があるということが、僕の気持ちに余裕を持たせてくれていた。
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