真澄の変化

2/2

447人が本棚に入れています
本棚に追加
/109ページ
「ねえってば!」 少し苛立った声をあげた真澄。 「ん?なに?」 「最近さぁ、スマホばかりいじってわたしの話を聞いてくれないよね?」 「そう?」 「そう。何か面白いことでもあるの?スマホの中に」 「なんで?」 「だって、あなた、なんだかうれしそうにスマホをいじってるから」 僕の手が止まる。真澄を一瞥し、またスマホに視線を落とす。 「そうかな?いつもと同じだけど」 「同じ?違うよ。なんだか最近変わったよ、なにがあったの?」 ナオとのやり取りが楽しくなっていたのは確か。それが顔に出ていたのか。 「べつに……何もないよ」 本当に何もない。ただパートナーの浮気の相談をしていただけだし、もしかしたらこのナオという女性も女性じゃないかもしれない、そんなあやふやなSNSの繋がりだけだ。 「絶対、何かある!ねぇ、スマホ、見せてよ」 僕の手が止まった。 「ごめん、次の取材先との交渉中なんだ。ちょっとほっといてくれるかな」 「ホントに?」 「そうだよ、ホント。でも、もういいや、だいたいのことは話がついたから」 僕はそう言うと、スマホをロックしてテーブルに置く。時間は20時を少し過ぎていた。 「僕、先に風呂に入るわ」 「あ、うん……」 真澄はまだ何か言いたげだったけど。 シャワーを浴びながら、鏡を見た。普段はそんなに気にならない自分の顔を、じっくりと見る。 ___そろそろ、散髪も必要だな 眉毛も揃えてみるか、なんて考える。架空とはいえ、女性と会うのに(実際には会わないのだけど)こんな薄汚い男では、ドン引きされてしまうだろう。夏物の新しいシャツも買おうか、仕事着はいつもくたびれた服ばかりだし。あー、そうすると新しい靴も欲しくなる……まるで初めてのデートに行くための準備のようだと、おかしくなってくる。 ナオとの遊園地での架空のデートのことばかり考えていたら、真澄ののことが気にならなくなっていた。そしておそらくそんな僕は、真澄にとって怪しい行動をするようになっていたのだろう。 真澄はやたらに話しかけてくるようになったし、僕のスケジュールを確認してくるようになった。もちろん、なにもないのだからどれだけ確認されても、例えば誰かに(探偵とか)詮索されても何も出てこないのだけど。 「0は何を掛けても0」 ナオとよく言い合っていた合言葉。僕とナオの間には何もない『0』、恋愛感情も『0』、お互いの素性も『0』、でもだからこそ相談相手としては、最高の立ち位置だ。 そんなことを真澄に説明しても、きっと理解できないだろうけど。真澄の知らない《僕》 があるということが、僕の気持ちに余裕を持たせてくれていた。
/109ページ

最初のコメントを投稿しよう!

447人が本棚に入れています
本棚に追加