きっかけ

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きっかけ

「「「カンパーイ!!」」」 「お疲れ様でした」 「お疲れ様、よくやったよ、みんな。今日は好きなだけ飲んで食べてくれ。僕のおごりだから心配するな」 「小沢課長、ありがとうございます」 今日は、大きな仕事が一つ終わり、まずまずの成功をおさめた打ち上げの食事会だ。最近できたこの洋風居酒屋で、毎日遅くまで頑張ってくれた部下たちを労うためにお酒とご馳走を振る舞う。 「課長、本当にお疲れ様でした。僕は課長の下で働けることを誇りに思います、さ、どうぞ一杯!」 課内では中堅の男性社員が、お酌にきてくれた。 「みんながそれぞれの力を出してくれたおかげだよ、こちらこそ、ありがとう。これからもよろしく頼むよ」 社交辞令かもしれない部下の言葉も、仕事が成功した今は素直に受け取っておく。 「小沢課長、どうせなら女の子をこちらに呼びましょうか?お酒の席ならその方がいいのでは?」 課長の僕より少し年上の、山田という社員が耳元でそんなことを言う。自分より年下の上司である僕に気を遣っているのだろうが、お酒の席を強制するとハラスメントになってしまうこんなご時世に、そんなことはよけいなお世話というものだ。 「いやいや、昭和の飲み会じゃないんだから。男とか女とか関係ないよ。みんなが楽しんでくれればそれでいい」 「そうですか?課長は、なかなか女の子に人気があるから、みんなお近づきになりたいと思ってますよ、たとえば、ほら……」 そう言うと山田は、口元にいやらしい笑みを含んで参加者を見渡し、1人の女性社員を手招きしていた。ビールのグラスを手にして、こちらにやってきたのは斉藤(さいとう)桃子(ももこ)、年齢はおそらく25歳だろう。桃子という名前が可愛い、という印象が残っていた。 「なんですか?山田さん」 「斉藤君は確か、課長みたいな男性がタイプだって言ってなかった?」 「はい、仕事ができて外見もスマートで憧れの男性です。あ、ここいいですか?」 桃子は、よっこらしょと僕と山田の間に割って入る。 「ほらね、課長はやっぱりモテるんだから。ごゆっくりどうぞ」 「あ、ちょっと山田さん、どこへ…?」 自分のグラスを持って立ち上がる山田を呼び止めたが、聞こえないのかそのまま別のグループのところへ行ってしまった。
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