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「あ、課長!」
階段の上から、足音と声が聞こえてきた。コツンコツンとヒールの音をさせながら、桃子が降りてくる。
「はい、コレ!」
「すみません、ホントに。もう私ったら酔っちゃってたみたいです。自分のバッグに入れたつもりだったのに」
テヘ♪と笑った顔は、ほんのり赤く上気していて艶っぽい唇と対照的に幼く見えた。
「斉藤さんって、意外とそそっかしいんだね。仕事は出来る方だと思ってたんだけど」
「仕事は必死に頑張ってるんですよ、課長に気に入ってもらえるように」
「え?」
どういうことかと訊ねようとした時、ホームの方から電車が到着するというアナウンスが聞こえた。
「あ、ごめん、電車が来たみたいだから」
急いで改札へ向かおうとしたとき、カバンを持っていた左腕を両手で掴まれた。肘が、桃子のバストに当たってその弾力にドキリとした。
「また、連絡してもいいですか?」
一瞬、意味がわからなかったけど。
「あぁ、さっきのグループLINEで連絡してくれればいいよ、じゃ」
そこまで言うと、手をほどいて急いでホームへ走った。少し息切れしたけど、いつもより遅いこの時間の電車は、座席に座ることができる。
電車が走り出して間もなく、LINEが届いた。
《LINEで個人的に連絡しますね》
今別れたばかりの斉藤桃子からだった。それはさっき作ったグループLINEではなく、桃子個人からだった。イマイチ意味がわからなかったので、『オッケー』のスタンプだけを返しておいた。
“憧れの男性……”
___まさか、な……
お酒の席の、おかしなテンションでのことだろう。
___桃子のような女の子が、僕を?
「まさか、な」
今度は思わず声に出してしまった。
ぴこん♪
《今度は二人きりでどうですか?もちろん、誰にも内緒で》
画面を開いて、手が止まった。
___まさか、な……
〈今夜は酔っているようだから、早く帰って寝なさい。明日、遅刻しないように〉
動揺してしまったことを悟られないように、上司としての常識的な言葉を返した。お酒の席の軽はずみな行動で、人生を台無しにしてしまった先輩や同僚を何人か見ているので、そうならないようにケジメをつける。しかし……
ぴこん♪
《また、お誘いしますね。おやすみなさい》
桃子の返事は、僕の意に反したものだった。
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