遅すぎた気づき

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遅すぎた気づき

でも、何故?どうして? あの日、桃子と愛美とここで確認した時は、これは胃がんの治療薬だったはず…。 ___もしかしたら? そういえばと思い当たることがあった。 愛美の父親が、胃がんだったことを思い出したのだ。これは愛美の策略かもしれない、と思った。 でもそれをいまさら確認することはできない。証拠もないし、あの日以来電話もLINEも全て拒否されているのだから。 「そうだ!」 娘の莉子と絵麻とは、今でも連絡ができる。 〈莉子、元気にしてるか?〉 長女にLINEを送ってみる。気持ち悪いと言われてしまったカエルのスタンプを添えて。しばらくして返事があった。 《うん、元気だよ》 〈そうか、それならよかった。お母さんも元気にしてるか?〉 《うん、めっちゃ元気。お父さんは?》 ここで、なんて返事をしようか迷った。実は体調が良くないと答えた方がいいのだろうか?薬のことを勘違いしたままで、弱っている方が愛美にとっては『ザマァみろ!』という気持ちになっていいのではないか?なんて考えてしまう。 でも。 『さっさと病院に行って結果を聞いて、ちゃんと看病してもらいなさいよ』 あの日の愛美の言葉を思い出す。こんなひどいことをした僕に“さっさと病院に行く”ことをすすめたのは、もしかして……? そこまで考えて返事を打つ。 〈莉子、お母さんに伝えて欲しいんだけど。僕は元気だから、心配しないでと〉 《わかった》 病院に行けば本当の病名がわかるから、早く行きなさいと言ってくれたんだと思う。桃子に看病してもらいなさいって言葉は、桃子の僕に対する気持ちを確認しなさいってことだったのかもしれない。 夫婦でいた時間の長さで、愛美は僕のことをしっかり見ていてくれたのだ。だからきっと不倫していたことも気づいていたんじゃないのか。すべては愛美の手のひらで転がされていたのだろう。 「はぁーっ」 深くため息をつく。愛美というとても大きな存在をひどく傷つけて失った僕には、もう贖罪のしようがない。せめて、これからの3人の暮らしのために、せっせと働いて養育費を払うことにしよう。 もう残っていないかもしれないと思っていた命が、ただの勘違いだった、それだけでもありがたいのだから。 《お父さん、来月の私の誕生日、忘れてない?プレゼント期待してるからね!》 莉子からのLINEが届いた。 〈あぁ、何がいいか考えておいて〉 会社での風当たりも強くなり、本社から支店への出向になった。それでも構わなかった。 家族のために働くということが、こんなに幸せだと、今頃になって気づいたのだから。
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