事件

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ガヤガヤと騒然となった現場。僕は何食わぬ顔でパソコンの録画を止めた。 「あ、あの……」 真澄の声に呼び止められた。 「ありがとうございました、ホントになんてお礼を言えばいいのか……」 半べその真澄が、僕に向かって深々と頭を下げている。 「いや、お礼なんて別に……」 「そんな、それじゃ私の気が済みませんから…何か……あ、そうだ!ちょっと待っててください」 それだけ言うと、奥の方へ駆けていく。しばらくして戻ってきた真澄は、メモを握っていた。 「いつもきてくださってますよね?それでよろしかったらこれから1ヶ月間、私がいるときに来てもらえたらコーヒーを無料にしますから。これ、私がいるかどうか確認してもらうための、お店のホームページアドレスです」 「え?あ、はい」 なんだ、電話番号やLINE IDじゃないのかとガッカリした。 「私、曽根(そね)真澄(ますみ)と言います」 「えっと、僕は江口(えぐち)(あきら)です。これ、名刺です」 「フリーライター?雑誌とかの?」 「まぁ、記事になりそうなことならなんでも取材しますよ。たとえばほらこれ」 そう言って、今しがた録画された動画を見せる。 「これ、今の?」 「うん。あ、これは記事にはしないから安心して。僕の武勇伝を自分で残したかっただけだから。それに犯人の顔は写ってるけど、曽根さんは、わからないでしょ?」 「ホントだ、顔は出てない。よかった」 自分の顔が、画面ではわからないことにホッとしたようだ。さっきまでの緊張感から解放されて、いつもよりさらに可愛い笑顔を見せてくれる。 「あの、じゃあ、お言葉に甘えて、コーヒーをご馳走になろうかな」 「はい、今日から1ヶ月ですよ」 「わかりました」 そして、僕は無料のコーヒーを飲むために、いや、真澄に会うためにさらに足繁くその喫茶店に通った。 そうやって、約束の1ヶ月が過ぎるころ、なんとか真澄と交際することができたのだ。
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