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逃げる
でもやはり、気になる。僕はゆっくりと食事をして、真澄たちのグループのペースに合わせた。2時間くらいたっただろうか?バラバラと立ち上がって散会するようだ。真澄を見ると……
___えっ?
その中の一人の男性と、腕を組んでレストランから出ていくのが見えた。
___そうだ、ここはホテルのレストランだった
まさかとは思うけど……尾行せずにはいられなかった。
なんだか楽しげな様子の二人は、腕を組んだままエレベーターホールへと向かう。二人が乗り込んだあと、どこへいくのか確認する。
行き先表示が8階で止まった、ということは宿泊ルームがあるところだ。隣に着いたエレベーターに乗り、二人を追いかけた。廊下にはいなかったが、角を曲がった辺りで声がしてどこの部屋かは、わかった。
___どうする?
乗り込めばいいのか、証拠写真を撮って離婚と慰謝料を請求すればいいのか……。
廊下の角、観葉植物の影に身を潜めたまま、1時間が過ぎた頃。ガチャリと音がしてドアが開いた気配がした。僕は息を殺し、観葉植物の葉の隙間からスマホを向け、入り口を撮影することにした。
「じゃ、また……」
「楽しかったよ、またな」
真澄からその男の首に手を回し、顔を近づけてキスをした。その真澄の背中には男の手が回る。
___あれ?
男の左手にも指輪が見えた。
___ダブル不倫というやつか?
誰よりも愛する妻の、浮気のその現場をこの目で見てしまった。スマホのシャッターを切る手が震える。
ドアが閉まり、男の姿は部屋の中に消えた。真澄がこちらに歩いてくるのが見えて、僕は慌てて向きを変えて歩きだす。
「あっ!」
その時、うっかりスマホを落としてしまい、慌てて拾って駆け出した。エレベーターは使わず、階段へと走る。気づかれた気がするが、立ち止まらずに駆け降りた。
___なんで僕が逃げるんだ?
浮気現場の妻を問い詰めることもできない、こんなに情けない男だったとは。
ホテルを出て、タクシーを拾う。とりあえず、真澄よりも早く、その場を離れたかった。
マンションに帰り着くと、お風呂を沸かしビールを開け、冷蔵庫からチーズやハムを出しテレビをつけ、いかにもずっとここにいましたという体裁をととのえる。何故、そんなことをしたのかその時はわからなかった。まるで、こちらが悪いことをして引け目を感じているような気になる。
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