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25 その後のふたり
「ただいま~、づがれだよお」
巻田聖良は、砂尾理一郎と暮らすマンションに帰宅した。引っ越して二か月経ち、通勤ルートに慣れてきた。
「おかえりセラちゃん、お疲れ。手を洗ってうがいするんだよ」
理一郎が、キッチンから声をかけてきた。二十歳年上の夫は、何かと細かい。
聖良は洗面台でハンドソープを念入りに泡立てた。
「ねえリッチ君、今日のご飯は?」
「豚バラ大根。昨日から大根煮といた」
聖良が着替えてダイニングに着くと、夕食がテーブルに用意されていた。
「家に帰ってご飯できてるのって、ありがたいわ。いただきまーす!」
聖良は、しょうがとだしの香りに鼻をくぐらす。
「いーな~、総務課はみんな定時に帰れてさ」
「残業減らせと言ってる側が、残業するわけにいかないだろ」
若い妻は、「理一郎」って名前のとおり理屈っぽいなあと思う。
「そのうち開発も含めて、無駄業務の見直ししないとな」
「うーん、でも残業代欲しいなあ」
「俺だって働いてるんだから、セラちゃん無理するなよ」
「だってリッチ君頼りないもん……そう、大山さんから聞いたんだけどさ」
味がしみ込んだ大根を飲み込みつつ、聖良は夫をじっと見つめる。が、理一郎から、さらに鋭い目つきでにらみかえされた。
「……相変わらず、あいつと一緒にご飯、食べてるんだね」
「あたしが大山さんとよく話すのは、情報収集のためなの! リッチ君、総務課長なのに、社内の人間関係、全然わかってないんだもん」
「わかってるよ。俺の今の仕事は、社員の個人情報を扱ってるんだから。でも、セラちゃんにも話せないよ……ごめん。大山君はいいやつだよな」
理一郎は肩をすぼませる。
聖良は、本当にこの人、社内の人間関係をわかってるのかな? と疑問がわく。しかし彼女は、カメラ騒動の直後から今までの二か月間、もっと大きな疑問を抱えていた。
彼女がこれから切り出す話は、今日、聞いた話ではない。騒動の直後に広まった噂だ。
砂尾理一郎は、美樹本栄子から受けたセクハラの詳細について、聖良も含めてだれにも明かしていない。が、なぜか噂は広まり、大山が聞いた時は、美樹本は理一郎に駆け落ちを迫り、あの機械室で関係した、という話にまで拡大されていた。
「あのさあ……そろそろ、機械室で美樹本さんと何があったか教えてくれない?」
「いろんな人に聞かれたけど、俺は映像を提出した谷川専務以外には言うつもりはないよ」
理一郎は、防犯カメラの映像を、大山にも聖良にも見せていない。
「映像を見せろなんて言わない。でも妻として、夫さんの浮気の疑惑を晴らしたいの!」
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