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新婚夫婦は、リビングのフロアソファにもたれ掛かって肩を寄せ合い、ニュース番組を眺める。
「新型ウィルスはまだ終わらないのかなあ?」
「そうだね。人間も機械も大変だ」
「エルちゃん、いなくなって寂しい?」
新しいカメラは同じ機種だが、そちらは『エルちゃん』と彼は呼ばない。彼は今でもカメラへのあいさつを欠かさないが、部下たちにオペレーションを禁止されたためか、愛着はあまりないようだ。
理一郎はスマートフォンを取り出し、画像を表示させた。聖良は画面を覗き込んで「えっ」と顔をしかめる。
それは、暴走したサーマルカメラが最後に出力した、サーモグラフィーだった。
「リッチ君……大事に取ってあるんだ」
「だって、エルちゃんが最後に残してくれたメッセージだよ」
サーマルカメラが暴走したとき、「温度が高めです」の音声が止まらず、アルコールを垂れ流し続け、画面がおかしくなった。
人の表面温度を表示すべきモニターに大きく映し出された形。
それは、点滅する真っ赤なハートだった。
「ハートがラストメッセージなんて、なんか怖いよ」
聖良はカメラのアプリをインストールしたとき、苦しい気持ちとは無縁な機械に嫉妬し憧れた。が、この禍々しい真っ赤なハートを見ると、機械も苦しい気持ちになるのだろうか? と恐ろしくなる。
妻の不安を打ち消そうとしたのか、理一郎は聖良の肩を抱き寄せにっこり笑った。
「怖くないよ。このハートはね、エルちゃんが俺たちの結婚を祝ってくれた証拠だろ? 本当に最後までいい子だったよ」
彼の笑顔は、雲ひとつない快晴の青空そのものだった。
サーマルカメラがハートの形をモニターに表示させたとき、聖良はとっさに理一郎に見せるべきだと判断し、彼を呼んだ。が、呼び声は彼に届かなかった。
なぜ彼は、幸せそうに笑っていられるのだろう?
夫の曇りない笑顔を見つめているうちに、疑問が膨れる。疑問は悲しみへ成長し、彼女は制御できない衝動に駆られた。
別の生き物に自身が支配されたかのように。
「理一郎さん」
聖良は、一度も呼んだことのない方式で夫を呼んだ。いつもの甲高い声よりずっと低い声だった。
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