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「理一郎さん」
理一郎は、新婚の妻から聞き慣れない名前で呼ばれ、ギョッとする。明らかに普段の彼女ではない。
「なんであたしが、あなたたちの結婚を祝ってあげないといけないの?」
共に暮らして二か月経ち、聖良が理一郎を怒ることはあったが、それは理一郎が理解できる怒りだった。
妻が怒っていることはわかった。いつもと声のトーンが違うことから、普通の怒りでないこともわかる。
が、彼女がなぜ怒るのか、理一郎にはさっぱりわからない。
「え? 俺、なんか悪いこと言った?」
若い妻は、泣きながら夫の胸をぽかぽか叩き出す。
「セラちゃん泣かないで、ちゃんと話してくれないかな?」
「あたしのこと、そんな風に呼ばないで!」
「ああ、ごめんごめん。えーと、聖良さん、でいいのかな?」
「違う! 理一郎さん、なんでわからないの?」
理一郎はただただ混乱するばかり。
「あたし、理一郎さんのために仕事がんばったんだよ!」
「セラちゃん、気持ちは嬉しいけど、俺のためじゃなくて、自分のために仕事すればいいんだよ」
「じゃあ、あたしって迷惑だったの?」
「何言ってんだよ! スカイプリーモのリニューアル、セラちゃんいなかったら始まらないじゃないか」
聖良の手は疲れたのか、理一郎を叩くのは止め、彼のシャツを掴んだ。
「あたしそんな仕事したくない! 一生懸命がんばったけど、もう疲れたよ!」
「そうか。仕事辞めたいなら、好きにしていいよ」
「ひどい! 理一郎さん、なんでそんなこというの!」
「ごめん、俺、ちゃんと女の子と付き合ったことないから、よくわからないんだ」
「どうしてあたしのこと、わからないの!」
理一郎は「ごめんごめん」と謝り、妻の頭と背中をなでさすり、頬や額にキスを繰り返した。
聖良の腕は夫の大きな背中に絡み付き、その口は「理一郎さん、わかってない!」を繰り返し、その目からは止まることなく涙が流れ続けた。
〈了〉
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