運命の回転と落下

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運命の回転と落下

 さぁごらん、今、まさに運命が落ちてきた。  もしも、さまざまな感情うずまくその瞬間を、極彩色の絵の具で描くことができたなら、きっと後世に語り継がれる名画となり得たかもしれない。  題名は【運命の回転と落下】とでもしようか。  受け入れようとする者、奪おうとする者、抗う者、なかには不届にも蹴り飛ばそうとする者までいる。 ——俺は……俺たちは、この日、この瞬間のために生きてきたんだ。  音は消え、静寂に鼓動だけがこだまする。  挫折に籠城し  勝利に殉じ  敗北に救われ  栄光を殺意の核にする  英 雄児(はなぶさユウジ)幸村 士(ゆきむらツカサ)小日向朔夜(こひなたサクヤ)中丸次郎(なかまるジロウ)  少なくとも四人にとって、ささやかな回転を伴いながら物理法則にのっとって、ゆるやかに落下する——(奇しくもこの地球と同じ形状をした)その球体は、なるほど"運命"と呼ぶのが相応しいだろう。    だが、やはりそれは少し大仰で、曖昧な表現であるかもしれない。  光——。  世界のはじまりがそうであったように、光があった。    太陽だ。  それを囲むような青々とした空に雲はなく、ただ一筋、飛行機雲があるきりだ。  ほら、もう聞こえるだろう。徐々に音が戻ってくる。  歓声の反響と空気を裂くような管楽器のファンファーレが一陣の風にのり、光沢をともなう黄緑の海を駆け抜けていく。鼓動はアンセムに変わる。  飛沫(しぶき)に変わった汗が宙で煌めき、電光掲示板で小刻みに進む針をキッと睨み、男が呼子笛(よびこぶえ)を口にする。のこされた時間はもうわずか。なおもゆるやかに回転と落下をする運命、 いや——  ここからはあえて『サッカーボール』と呼んだほうが話は早いかもしれない。  そのサッカーボールの落下する位置が少しでも違っていれば、未来は大きく違っただろう。  帝林高校(テイリンこうこう) 対 葛葉丘高校(カズラバオカこうこう)  0対0 延長戦(アディショナルタイム)ラストワンプレイ  黒髪を三つ編みにしたマネージャーが丸メガネの奥、その瞳を閉じて、両手を胸の前で重ね、すがるように神に祈る。  このボールの行方がそのまま勝敗を分けるだろう。   神が無から世界を生んだように、0を1に変え、英雄が勝利をもぎ取るかあるいは、熱狂が殺人者をも生み堕とすか。  有史以来、サッカーというのはそういうスポーツなのだから。
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