2022/9/14 「隠し事」

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俺には誰にも話せない秘密がある。それは恋愛小説を読むのが趣味ということだ。元々はただ読書が趣味の根暗な底辺眼鏡でしかなかったのだが、タイトル買いした小説がまさかの恋愛小説だったことをきっかけに俺は見る見るうちにこの世界にのめり込んだ。真面目な純文学でないからと言ってなめてはいけない。恋愛小説は、恋も友情も感動も詰まっており、コメディーもホラーだって何にでもなれる無限の可能性を秘めているのだ。今まではただこの世界を恨むことしか出来なかった中二病の俺だが、恋愛小説を読むだけでけがれた心を浄化できるため、誰にも興味を持たれない陰キャという立場を利用して当たり前のように教室で本を読んでいる。今日はやっと待ちに待っていた風吹雪先生の新作を買うことが出来たため、顔は真顔でも心の中はハイテンションで新作を楽しんでいた。本屋で男がそんなものを買うなんて、哀れな目で見られるのではないかと思う人もいるだろう。俺も初めは周りの視線が怖くて、一冊の本を買うために目隠し用の本二冊合わせて合計三冊買うというあるあるな行為をしていた。しかし本屋の店員さんはこんなことは慣れっこで全く気にせず、丁寧にブックカバーをつけてくれる優しい人ばかりである。それに気づいた俺は今や堂々とポイントカードまで使う立派な常連にまで成長した。お昼休みは本を読むため一人爆食でお弁当を平らげ、本の世界に没頭していた俺であるが、とある違和感に気が付いた。それは、今読んでいる本の内容と目の前でだるそうに弁当を食べている陽キャの会話が今読んでいる小説の内容とそっくりだったからである。この本は、幼馴染の男女が互いを意識しているものの、関係が崩れる恐怖から家自分の気持ちが伝えられず無意識にいちゃつきながらも互いの気持ちを知っていくという常時胸がぎゅんぎゅんの内容になっている。初めは前二人がうるさいなとしか思ってなかったのだが、作中で男の方がお弁当の卵焼きを女の子にあーんして食べさせるシーンにぎゅんぎゅんしていると、 「なあ、たかちゃんそれおばさんの卵焼き?俺にもひとつくれよ。」 「お前ほんとにこれ好きだよな、じゃあその唐揚げと交換な、ほらあーん。」 二人も同様卵焼きをあーんし始めたのである。初めは男同士でもイケメンならある程度は見れるんだなとしか思ってなかったが、その後も 「てっちゃん、枝毛発見!」 とナチュラルに相手の髪の毛を触ったり、 「トイレ行くの?俺も着いてく。」 とバッグハグをしはじめるのがあまりにも本の内容と酷似しすぎているため俺はこの二人が気になり始めた。この陽キャ達は幼稚園から高校までずっと一緒の生粋の幼馴染らしい。黒髪の背が高い方が黒沢高人で、男子としては160㎝代と小さめで常時騒がしいのが石川徹という。授業参観の際昼寝をした石川の頭を黒沼の母さんが思いっきり叩けるほど家族の仲がいい。しかし変な偶然もあるんだなと少しびっくりしていると、作中の幼馴染がつまずいてハグをしてしまうという、ありがたイベントを起こした。さすがにこれはないだろうと思っていたら、 「たかちゃんちょっとまって。あ、わぁっ」 黒沼を追いかけようとしてつまずいた石川を支える形で、黒沼が抱きしめたである。この思わぬハプニングにはクラスの皆もわらって二人をちゃかしたのだが、肝心の二人は 「あっ、あのごめんたかちゃん。ありがとう。」 「全く、よそ見してるからこんなことになるんだろ、気をつけろよばか。」 という決めセリフとともに頭ポンポンしてイチャイチャし始めた。しかしこの流れも小説と全く同じである。俺は萌のダブルパンチで頭がくらくらするのを感じた。いくら偶然にしても似すぎじゃないか?しかし二人は恋愛小説なんて絶対に読まないだろうし、発売日は今日なのだから真似するのだって不可能なはずだ。などと考えを巡らせプチパニックを起こしている俺の目に、驚きの挿絵が飛び込んできた。それはアクシデントで女の子の胸を触ってしまい慌てる男子と、顔を真っ赤にする女の子が映っていたのだ。いつもなら挿絵など誰にも見られないように高速でめくりのちに家でゆっくりと観察していた俺であるが、今回は目の前の二人の衝撃でページを捲ってしまった。しかしこの内容であれば男同士であるためそこまでハードルは高くないし謎のシンクロが起きるはずはないだろうと俺は油断してしまっていた。そしてニマニマと読書を開始すると、 「たかちゃん箸落としたよ。」 と言い拾うタイミングでまたもや足を滑らせ、たかちゃんの股間にてっちゃんがダイブしたのである。まさかこんな形のラッキースケベがあるとは。こちらとしては何だか興奮してきたが二人にとっては今日はさんざんな日だろうなと思っていたら。 「どうしたのてっちゃん?昨日までテスト期間でエッチできてなかったから欲求不満になっちゃったの?変態さんだね、今日も俺んち誰もいないから二人きりでいっぱいエッチなことしようね。」 「う、うん。」 という耳を疑う会話が飛び込んきた。こんな会話は小説の中にはなかったので二人のオリジナルである。しかしそれにしても、まさかこの二人がそんな関係だったなんて。ささやき声で話していたためこのことを知っているのはこの俺だけ。新しいむねきゅん材料の収穫とともに、腐男子という新たな称号も手に入れた俺だった。
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