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川島龍(かわしまりゅう)
『おはヨースコウ。#工事現場#仮囲い#カラフルアート アーティストさん顔面国宝過ぎ♡トキメキ♡』
女子高生のSNS投稿がバズったおかげというかなんというか。
川島龍は仕事がしにくくなっていた。
画像をみてSNS経由で自分の作品にファンがついてくれるかもしれない。
ありがたいことだが、やたら女子高生が壁画を見に来て、仕事中なのに一緒に写真を撮って下さいとお願いされる。
俺の絵じゃなくて、俺自身を写真に撮る。
インスタにあげるんだろう。『#イケメン壁画師』だそうだ。
有名になったら仕事も増える。けれど、写真に映る時いちいち愛想良くしなきゃいけないし、何より時間を取られるので迷惑だ。
少し時間が経てばブームも収まるだろう、最初は我慢していた。
ある日、やたらハイテンションなギャルが写真を撮りに来て、ペンキにつまづき中身をぶちまけられた。
とうとう俺の堪忍袋の緒が切れた。
ペンキは俺の大切な仕事道具だ。養生して飛び散らないよう注意しながら描いているのに、彼女は、盛大に道路を黄色に染めた。
「このブルーシートの上には、入らないように注意したよね?」
頭の中でピキピキと音がした。
ヤバい空気に辺りが静まりかえる。ギャルは怯えながら、目には涙をためている。
たまたま通りがかった俺の友人、バーのマスターがそんな状況に気づき、俺がその女の子を怒鳴りつける前に現場から連れ出された。
気は長いほうだし、滅多に人を怒鳴ったりはしない。どちらかというと寡黙でおとなしい性格だ。現場を目撃したマスターの悠人曰く、あの時は俺から物凄い殺気を感じたらしかった。
それから悠人と話し合って、対抗策として、制作現場にめっちゃ強面のアシスタントを雇う事にした。
芸大にアルバイト募集のチラシを貼らせてもらって『強面募集、壁画アシスタント、眉間の皴だけで敵を一網打尽にできるやつ』と書くと、翌日、条件にぴったりの権田君が応募してきた。
権田君採用後、しばらくすると、もうすっかり女子校生の姿はなくなっていた。
権田君は「写真を撮らせてください」と龍に言ってくる女の子たちに、「僕も入っていいですか」と、聞き返す役を買って出てくれた。
勝手に龍を撮ろうとする人には、それとなくフレームインするスゴ技を発揮する。見た目とは裏腹の、忍者のような身のこなしは「できる男」のそれだった。
その後2週間経つと、世間は興味を失ったように静かになり、龍の周りに平和が訪れた。
流行りというものはすごいスピードで過ぎるんだなと龍は実感した。
権田君にはバイト代を弾み、これからもたまに手伝ってもらう約束を取り付けた。
ありがたい事に、ホームページに仕事の依頼がちょこちょこ入り、これで懐も潤うかなと少し安心したところに彼の依頼が舞い込んできた。
『1日僕とデートをしてください。10万円お支払いします。その他、食費や交通費、デート代はすべて当方が負担します』
という内容だった。
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