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「ちょっとごめん」
ふいに躰が解放され、意識が目の前の現実へ向く。邑木さんはサイドテーブルで震えていたスマホを手に取り、静かにベッドルームを出ていった。
額を伝う汗を拭おうとしたけれど、それすらもできないくらい躰は芯を失っていた。どうにか肩で息をする。心臓が、はやい。
電話をかけにいったのか、ドア越しにうっすらと低い声が聞こえてきた。
今日はこのまま仕事に行くから。夜はそっちに帰ると思う。うん、ああ、そう。わかった。式のことは、とくに要望はないよ。きみのおとうさんによろしく伝えておいて――。
瞼が、はっと開いた。
もしかしたら、わたしは彼女だか奥さんだかのいる男と寝てしまったのかもしれない。それも、誘ったのはわたしの方。
途端に熱がさっと引き、胃液が逆流した。
灼けるような嫌悪感。冷え固まっていく躰。慰謝料、裁判、弁護士。週刊紙の見出しに並ぶような、自分には縁がないと思っていた言葉がぐるぐると頭を回る。
訴えられたら最低でも三百万はかかる、とテレビで聞いたような気がする。社会人三年目にして会社を辞めたわたしに、当然そんな貯金はない。
電話を終えた邑木さんは、こっちの気なんて知らずに涼しい顔をして戻ってきた。
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