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「邑木さん、彼女か奥さんがいるんですかっ」
思ったよりも大きな声が出た。それでも邑木さんは落ち着いた様子だった。眉一つ動かない。
「答えてください。いるんですか、彼女か奥さんが」
「え、ああ……」
はっきりとしない口調で返され、わたしの焦りに苛立ちが混ざる。シーツをぎゅっと握りしめ、叫ぶように言った。
「わたし、知ってたら。知ってたら、邑木さんとこんなことっ」
「気にすることないよ。これは、公認だから」
「公認?」
「そう。不倫、公認だから」
不倫、公認だから。まるで、今夜、鍋だから、のノリで告げられた。
邑木さんの顔には罪悪も動揺も、気まずさを誤魔化すようなつくり笑いもない。
わたし、からかわれてる? この男の感情が少しも見えない。
「ああ、不倫っていっても結婚はまだしてないよ。これからそうなる予定っていうだけで」
さっきまでわたしの親指を執拗に舐めていた唇は、淡々と告げた。
この男でも、結婚するのか。まるで独身貴族を絵に描いたような風貌。結婚式を挙げる姿も、子どもをあやす姿も想像し難い。
バーでロックグラスを揺らす姿しか見たことがないから、そう思うだけだろうか。邑木さんはいつもひとりでやって来ては静かに飲んで、静かに帰っていく。
それにしても、不倫を公認するなんて。
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