9 ― それはあたらよ

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罪悪と誘惑が交差する。 とろとろと甘い闇に堕ちていく。 啓吾、と今度は名前がこぼれ落ちた。 すると、扉の開く気配がした。 仄暗いリビングに、廊下から一匙(ひとさじ)の灯りが注がれる。 途端に心臓が凍りつき、見開いた目がざわざわと乾いていく。 少しずつ、だけど確実に近づいてくる体温と香り。 「由紀ちゃん……」 邑木さんは静かにわたしを見下ろした。 感情の読めない声色。ひかりに縁取られた大きな黒いシルエット。 真夜中の水族館のような暗がりのなか、酸欠になる。 頭の先から足の先まで真っ白だ。 「なに、してたの」 邑木さんは床に膝をつき、顔を寄せて訊ねた。 誤魔化したいのに、なにもいい材料がない。なにも浮かばない。 硝子窓の向こうから聞こえてくる雨音が存在感を増していく。 わたしもいっそ雨に打ち消されてしまいたい。 肩を竦め、このおそろしく長い時間が終わることを祈る。 「なに、してたの」 二度目はゆっくりと。いたぶるように訊かれた。 躰の中の体温まで、すべてを奪われる。
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