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罪悪と誘惑が交差する。
とろとろと甘い闇に堕ちていく。
啓吾、と今度は名前がこぼれ落ちた。
すると、扉の開く気配がした。
仄暗いリビングに、廊下から一匙の灯りが注がれる。
途端に心臓が凍りつき、見開いた目がざわざわと乾いていく。
少しずつ、だけど確実に近づいてくる体温と香り。
「由紀ちゃん……」
邑木さんは静かにわたしを見下ろした。
感情の読めない声色。ひかりに縁取られた大きな黒いシルエット。
真夜中の水族館のような暗がりのなか、酸欠になる。
頭の先から足の先まで真っ白だ。
「なに、してたの」
邑木さんは床に膝をつき、顔を寄せて訊ねた。
誤魔化したいのに、なにもいい材料がない。なにも浮かばない。
硝子窓の向こうから聞こえてくる雨音が存在感を増していく。
わたしもいっそ雨に打ち消されてしまいたい。
肩を竦め、このおそろしく長い時間が終わることを祈る。
「なに、してたの」
二度目はゆっくりと。いたぶるように訊かれた。
躰の中の体温まで、すべてを奪われる。
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