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「……嘘」
「嘘?」
「かわいいなんて、嘘」
「嘘じゃないよ」
「かわいいわけ、ないじゃないですか。
こんなの気持ち悪いでしょ。変態でしょ」
変態って、と邑木さんが吹き出した。
こんなときでもこの男の笑いのツボは浅い。
「だとしたら、俺は変態歓迎だけど」
大きな手が、髪を撫で、頬を撫で、猫の喉を鳴らすように首を撫でた。
くすぐったくて、喉から鈴のような笑い声が転がった。
身を捩って逃れようとしても、わたしを追いかけ回す手は休まらない。
ころころと転がり、部屋中に鳴り響く鈴の音。
邑木さんとわたしと、無機質なパキラ。
ハンカチ越しではないこの男の香りと体温に包まれる。
くすぐられて笑うなんて、いつぶりだろう。
わたしは笑い声の延長線上で訊いた。
「なんで戻ってきたんですか」
「ああ、忘れ物して」
なんだ、忘れ物か。
そう思ってから、すぐにその思いを打ち消した。
なんだ、なんて。
わたしはなにを期待していたのだろう。
膨らんでいたなにかが、急速にしぼんでいく。
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