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「そのあんぱん、旨かった?」
「うん。あんこがぎゅうぎゅうで」
「いいなあ。ゆきりん、ガチなファンだね。
お店、けっこう辺鄙な場所にあるじゃん? それに平日しか売ってないみたいだし」
「このときは平日休みの仕事だったし、わたし運転するの好きだから」
父親の車を借りて向かった、郊外のベーカリー。
作中に何度も出てくるあんぱんはずしりと餡が詰まっていて、疲れた躰にみるみる沁み込んだ。
あのときはフェアの翌日で、疲れてへとへとで。
だけど、気分を変えたくて。
気分転換をしようと動き出せるだけの気力が、あのときのわたしにはまだあった。
「へえ、なんの仕事してたの?」
「振袖の、営業と接客を……」
答えながら、胃が引きつるのを感じた。
頬が固く、重くなっていく。
口の中が、苦い。
「接客ってことは、ゆきりんがお客さんに振袖を着せたりもするわけ?」
「うん、まあ。詩優さ……詩優は? どんな仕事?」
「兄さんと同じとこで、適当にゆるーくやってる」
あまりにも適当な説明に面食らう。
それに、兄弟で同じところで働くなんてめずらしい。
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