10 ― 触れる海月の骨

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「そのあんぱん、旨かった?」 「うん。あんこがぎゅうぎゅうで」 「いいなあ。ゆきりん、ガチなファンだね。 お店、けっこう辺鄙(へんぴ)な場所にあるじゃん? それに平日しか売ってないみたいだし」 「このときは平日休みの仕事だったし、わたし運転するの好きだから」 父親の車を借りて向かった、郊外のベーカリー。 作中に何度も出てくるあんぱんはずしりと(あん)が詰まっていて、疲れた躰にみるみる沁み込んだ。 あのときはフェアの翌日で、疲れてへとへとで。 だけど、気分を変えたくて。 気分転換をしようと動き出せるだけの気力が、あのときのわたしにはまだあった。 「へえ、なんの仕事してたの?」 「振袖の、営業と接客を……」 答えながら、胃が引きつるのを感じた。 頬が固く、重くなっていく。 口の中が、苦い。 「接客ってことは、ゆきりんがお客さんに振袖を着せたりもするわけ?」 「うん、まあ。詩優さ……詩優は? どんな仕事?」 「兄さんと同じとこで、適当にゆるーくやってる」 あまりにも適当な説明に面食らう。 それに、兄弟で同じところで働くなんてめずらしい。
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