1 ― 雪を欺いて【6.5 更新】

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 いつもと違う気怠さが、腰骨にじんわりと残る。  硬すぎるいまいちなベッドに背中が落ち着かないけれど、ひたりと肌に吸いつくシーツはたおやかでそう悪くもない。  問題はこの露骨な香り。髪の毛先を嗅いでみると、案の定あの(ひと)のスパイシーで野性的な香りが鼻腔を突いた。顔を(しか)めて軽く舌打ちする。  帰ったらバスルームに直行して、すぐに洗濯しよう。母にあれこれ詮索されたら厄介だ。友達と飲み明かして終電を逃したという設定上、今日一日は頭が痛い振りでもしておくのが無難だろう。あなたって子は、と大袈裟なため息をつかれるだろうけど、嘘がばれるよりはずっといい。  実家暮らしのデメリットをひしひしと感じていると、扉の軋む音がした。清潔な香りがするりと滑り込む。 「ごめん。起こしたか」 「……いえ、べつに」  ホテルでもないのに、風呂上がりにバスローブを着る人間をはじめて見た。だけどこの(ひと)にTシャツやハーフパンツも似合わないだろう。 「きみもシャワー浴びる? 朝食……って時間でもないな。なにか軽食でも頼もうか」 「いいです。すぐに帰ります」 「なんだ。昨日とは打って変わってドライだな」  邑木(むらき)さんは左の眉を下げ、息を吐くように笑みをこぼした。嫌みっぽい笑い方は癖か、わざとか。
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