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「そうか。自分じゃわからないものだな」
手のひらをしげしげと眺める邑木さんを視界で捉えながら、ああ。わたしはこの男のこの手に抱かれたんだな、と他人事のように思った。
嫌々したわけでも酩酊していたわけでもないのに、記憶はひどく曖昧で断片的だった。それでもたしかに躰には、その感覚が残っていた。
「由紀ちゃんの手は、ちいさいな。身長のわりに、手も足もちいさい」
あたたかい指先が、手の甲に触れた。
わたしはそれを一瞥することなく、身を引くこともせず、やっぱり他人事のように感じていた。五つの指先は形や感触をたしかめるように、ゆっくりと手の甲を這っていく。
わたしはぼんやりと昨夜を辿った。
――邑木さん、ですよね。
ぐうぜん出会った街角、傾く白い月。まだ知らなかったその手を握り、わたしは切羽詰まったようにベタな誘い文句を口にした。驚いたように見開かれた目は、ビー玉のように透明に光った。
――後悔、しない?
堕ちていくように上昇するエレベーターのなかで訊かれ、頷くとすぐさま抱き寄せられた。こんなところでこんなことをする男だったのか、と冷静に思った。
そうして熱を帯びた獣のような厚い肌は、わたしをまるまる呑みこんだ。漂う香りも触れ合う肌も、ひーくんとはまったく違うものだった――。
そんなふうに記憶を繋ぎ合わせていると、手の甲を撫でる指先は角度を増し、爪先で撫でられた。滑らかで引っ掛かりのない、完璧な爪先。
生活感のないホテルライクなベッドルームといい、几帳面そうな身なりといい、わたしの知らない種類の男だと改めて思う。
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