1 ― 雪を欺いて【6.5 更新】

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「昨日、少し驚いた」  少しも驚いてなさそうに言われ、わたしは「なにがですか」と返した。 「きみが、あんなことを言うから」 「あんなこと?」 「そう、あんなこと」 「……あんなことって?」  不意に、(かせ)をかけるように両手首をひっ掴まれ、そのまま頭上へ引き上げられた。  獣の目に捕らえられ、ふたり分の躰がベッドへどさりと沈む。  片手だけで難なく両手首を掴まれたことに驚きつつも、わたしは冷静だった。俯瞰して、天井から見下ろしているような感覚。手首に立てられた爪先が、静脈を掴む。 「お願いだから、ひどくして。俺にそう言ったこと、覚えてないかな」 「わたし、そんなこと」 「言ったよ。何度も、何度も」  邑木さんはわたしの左足首を掴むと、弧を描くように持ち上げた。  白い、白い腿の内側に刻まれた、赤い(あと)。そこにはたしかに昨夜の痕跡があった。  ――白すぎるね、由紀は。  ひーくんは、よくそうやって口にした。まだ踏み荒らされていない雪のようだ、と。  ――気持ちいい。由紀の肌、白くてすべすべして、すごく好き。  ――ひーくん、もっとちゃんと髭剃ってよ。ちくちくして、すごくやだ。  気持ちよく疲れた躰でシーツにくるまってじゃれ合い、何度言ったかわからないお決まりのフレーズをお互いに口にした。  ひーくんとわたしには、噛んだり噛まれたりなんてものはなかった。あったのは陽だまりのような穏やかさだけだった。
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