泥棒とは呼ばせない

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 ゲームセンターで働く俺は常連である一人の少年から泥棒と呼ばれている。嘆かわしいことだ。  ゲームセンターの仕事内容は主に機械が動かない時などの対処、客からのクレーム対応、何か起きていないかフロアの巡回、各ゲームの景品の補充、機械や床の清掃である。長いことこのハッピーセンターという名のゲームセンターで働いている俺の一番好きな仕事は景品の補充だ。特にクレーンゲームの景品を補充することにこだわりを持っている。絶妙な位置に置いて悔しがったり喜んだりする客の顔を見てはほくそ笑んでいるのだ。今日もまたクレーンゲームの景品を補充していると後ろから声がした。 「泥棒だ」  振り返ると少年が立っていて俺を睨み付けるなりそう言って帰って行った。  これで何度目だろうか。ここに来る客に楽しんで貰いたいと思っているだけなのに何故そんなふうに呼ばれなければならないのか。沸々と怒りが湧く。絶対にその理由を突き止めてやろうと俺は行動に出ることにした。  次の日、やって来た少年を見つけた俺は一つ目のプランに取りかかった。俺は少年をじっと見つめる。少年が何をして何を見るのか一つも見逃さないようにするのだ。まずは敵を知ろうという訳だ。少年はフロアをぐるりとまわりどのゲームにしようか選んでいる。その姿は無邪気な子供ではない。鮮度の良い魚を市場で見極める仲買人のようだ。そしてはじめに選んだのはコイン落としだった。コイン落としの台は四台ある。俺もそれを選んでいたであろう台に少年は座った。少年はハンドルを操作し的確な場所に的確な枚数のコインを落としていく。そしてあっという間に増やしたコインを持ち、釣りゲームへ向かった。少年はコインを入れ小さい魚から確実に釣っていく。それからポイントが貯まったところで黄金の魚を狙い、かかった瞬間から今までとは次元の違う速さでボタンを押した。少年は釣り上げた瞬間ニヤリと笑った。またしてもコインを増やした少年は立ち上がり腕を伸ばし首を回すと最新の格闘ゲームをちらりと見た。少し考え徐に席に座る。ここでも力を見せつけるのかと思いきや少年の顔色は優れない。コインを次々投入し唇を噛む。他の台に移るのはプライドが許さないようだ。結局全てのコインを失った少年は諦めたように顔を上げると悔しそうにジュースを買いに行った。一見普通の客だ。だが違うのは時折俺に鋭い目線を向けてくることだった。少年はいつもこうして俺を見ているのだろうか。  次の日、俺は二つ目のプランに取りかかった。敵の次は自分の番だ。自分の行動に泥棒だと間違われる要素があるのか動く度に考えるのだ。まず着替えるところから。といっても緑色のエプロンをつけるだけだ。俺のロッカーに入っていて名札までついている。だから絶対に泥棒はしていない。そもそも更衣室には従業員しか入れない決まりになっているので少年は見ていないはずだ。それから店に出て他の従業員と少し話す。どこか出かけたか、面白いことがあったか。いつもの会話で誰もがすることだ。泥棒もするかもしれないがこれを見て泥棒とは思わないだろう。会話を終えてフロアを回って異常がないか見ているとコインが詰まってしまったと客に呼び止められた。腰にぶら下げてある鍵で機械を開けてコインを取り出して客に渡す。泥棒とは真逆の行為をしている。フロアをまた少し歩くと目の前で父親に連れられている小さな女の子がお菓子をボロボロとこぼし、俺は急いでほうきとちりとりを掃除用具入れから持って来て綺麗に片付けた。来店した客に心地良く過ごしてほしい。従業員の鏡と言っても良いだろう。この行為を泥棒の鏡とは言わない。その間に大好物のクレーンゲームの補充が必要になったが他の従業員が向かっていた。ちょっと悔しい。次は俺が絶対に補充したい。こんなに仕事熱心な俺を泥棒と呼ぶなんて許せない。今日は来ていない少年に俺はまた怒りを燃やした。少年に泥棒と呼ばれた時の記憶が次々と蘇る。そして俺はあることに気付いた。  二日後、やって来た少年を見つけた俺は三つ目のプランに取りかかる。それは先日気付いたことを試すためのプランだった。気付くのに時間がかかったが少年が俺を泥棒と呼んだのはいずれもクレーンゲームの景品を補充した後だった。だから今日、俺はクレーンゲームの景品を補充するのを止めることにした。他の従業員が景品を補充した時にも少年は泥棒と呼ぶのか確かめるためだ。俺は機械が動かないと言われればすぐさま直し、クレームには我先に対応し、フロアを何周も回り、常に掃除用具を持ち床や機械の汚れに備えた。けれど少年から目は離さなかった。そしてついにクレーンゲームの景品が一つガチャンと落ちる音がした。俺は動かずにワニ叩きゲームの影からクレーンゲームを見つめる。なかなか他の従業員は補充にやって来ない。少年もずっとクレーンゲームを見ている。やっと従業員が事務所から景品を持ってやって来る。クレーンゲームの鍵を開けて景品を置く。そんなところに置くのか俺だったらもっと右に置くのになどと頭の中に言葉が浮かぶ。けれど今日は我慢だ。少年はというとふいっと従業員から目をそらした。何も言う気はないらしい。その後、別の従業員が景品を補充しても同じだった。つまり少年は俺だけを泥棒と呼んでいるのだ。  少年は常連だというのにそれから一週間ゲームセンターに来なかった。泥棒と呼ばれていても何かあったのだろうかと心配になってしまった。今日は来てほしい。そう思っていた矢先、少年はやって来た。いつも通りの様子に俺はほっとすると同時にやる気をみなぎらせていた。今日こそ理由を突き止めてやるのだ。俺はこれみよがしにクレーンゲームの周りを巡回した。すぐに景品の補充をするためだ。そのせいで少年はコイン落としをしながら俺をずっと睨み付けている。俺は店員だから睨み返すことは出来ないが心の中ではもちろんそうしていた。俺たちの視線がバチバチと火花を散らしていたその時だ。ガチャンと大物が落ちる音がした。間違いなくクレーンゲームの景品が落ちる音だ。俺は条件反射で事務所へと走る。少年もそれに気付いたのか怖い顔をして俺を追って来た。なんだ、なんだとかけっこが始まって景品を取った客を追い越して俺は事務所へ入った。ドアをちょっとだけ開けて少年の様子を伺う。少年は驚いた顔をして立ち尽くしていた。俺は何も持たず事務所を出る。今日から俺を泥棒とは呼ばせない。俺は少年の前に立った。 「俺を泥棒と呼ぶのはどうしてなんだ?」  俺はなんだか大魔王にでもなった気分だった。まるで悪者だ。 「景品取った人から泥棒してまた入れてるんだと思ってた」  少年はまだ驚いてしどろもどろになりながら必死に答えた。 「なんでそう思ったんだ?」 「だって景品がなくなるとすぐ走って行くから取り返しに行ってるんだと思った。絶対に、そうだと思っちゃった」 「うーん」  そんな思い込みもあるのかと俺は思わず唸ってしまった。  これは自分のせいでもあるかもしれないと俺は思い直す。なにせ俺は目ざとくフロアを見ている。クレーンゲームで景品を取った客がいればすぐさま事務所へ走って景品を補充する。俺の良い仕事ぶりが少年の想像を掻き立てたのだ。けれど泥棒と呼ばれるのは気分の良いものではなかった。泥棒ではないと誤解を解くだけでは物足りない。もっと良い呼ばれ方をしなければならないと考えた俺はあることを思い付く。景品をすぐに補充し、尚且つ良い位置に置く俺は多くの客にチャンスを与えている。それは客にプレゼントを届けていると言っても良いだろう。だからサンタであると少年に思わせたかった。もう一度事務所に戻った俺は大きな白い袋に景品を詰めてフロアに登場した。補充する必要のないクレーンゲームまで一つずつ開けて袋から景品を取り出し絶妙な位置に置いていく。 「もしかしてサンタの弟子……?」  俺の姿を見た少年の瞳は輝いていた。  ちょっとがっくりきたが泥棒より遥かに良いだろう。  渋々納得した俺は仕事に戻った。
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