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エピローグ
あなたの息づかいが、寝息に変わった。
とってもわかりやすい。
ほら、ほっぺをツンってしても、気づかない。
いつのまにか寝落ちしちゃっていることが、よくあるね。働き過ぎじゃない？
疲れてるんでしょっていっても、そんなことないよって笑う。寝てたでしょって指摘しても、寝てないよって嘘をつく。そんなところはとっても可愛い。
でも、今夜はいいの。ゆっくり寝てて。
どうせいい男ぶっているだけの、ただのお金持ちのおぼっちゃま。そう思ってた。なのに本当にいい男だったから、わたしとしたことが本気になりそう。
出会いは――、そう、あなたの会社の前。よそ見していたわたしがぶつかって、持っていたラテをぶちまけちゃった。
ごめんね。
ううん。ぶつかったことじゃない。それは、あのときすぐに謝ったもの。実はあれ、偶然じゃないの。よそ見していたわけでもない。むしろ逆。何日も前から計画を練ってた。あなたをずっと目で追いかけて、ぶつかるタイミングを計ってた。高そうなスーツを汚しちゃうのが、ちょっとだけ罪悪感だったかな。
サイドテーブルの上のワイングラスと、あなたの寝顔を見比べる。
ワイン美味しかった？
睡眠薬が入っているなんて、気づかなかったでしょ。
笑っているみたいな無邪気な寝顔が、ほんの少しだけ良心にちくりと刺さる。本当だよ。でも、この痛みこそが快感だからやめられない。
ごめんね。
ベッドの上の、一見すると何の変哲もない壁。その四か所を決められた順に指で押す。微かな機械音とともに、壁の一部が四角く切り取られたように開く。中からはＡ４サイズほどの金属の扉が現れた。
一週間も前にわかっていたんだけど……。お別れするのが淋しくて、つい長居をしてしまったわ。でもね、次の仕事のスケジュールもあるから、そうも言ってられなくなっちゃったの。
ちょっと身体を起こさせてもらうわね。あなたってば、無駄に鍛えてるから重いのよ。社長業にこんな筋肉なんていらないでしょうに。
ほら、もうちょっと、こっち、と。
これで指先がぎりぎり届くかな。
左手を借りるわね。
わたしが指紋認証のためにあなたの左手を切り落とすような極悪人じゃなくて、ラッキーだったわね。
金属の扉の読み取り部に薬指を押し当てる。小さな電子音が鳴って、認証完了。パスワードは、亡くなったお父さまのイニシャルと誕生日の組み合わせ。これはちょっと単純すぎないからしら。
あなたの家に代々伝わる、お父さまの形見とも言えるルビーをいただくのは、気が引けるけれど――。
ごめんなさい。
今日は謝ってばかりだね。
扉を開く。中には小さな宝石箱が――
無いっ？！
そんな馬鹿な。ここに仕舞うのを、この目で見たのに。
中にあったのは、一枚のカードだけ。
【ごめんね。あのルビーはあげられないんだ】
どうして？？
寝顔はやっぱり小さく笑ってる。
あなたって、やっぱりただのおぼっちゃまじゃなかったのね。
ああ、わたしの負けか。
残念だけど。
これは完敗のキス――
さようなら――
でも、きっと、またいつか――
おぼえてらっしゃい。
エピローグ 終
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