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康司の作品が文学賞を受賞するまで、そう時間はかからなかった。
『小説を書くこと』は、俺の最後の砦だったのだ。それが無惨にも破壊された。
俺には、康司の作品を読む勇気はなかった。もし読んで面白かったら、俺の人生の全てを否定されたことになるからだ。
俺はこのときバイトをしていたが、好きでもなく、給料も高くなく、パワハラが当たり前の仕事を続けることが、非常に難しくなっていた。今までは、小説を書けば、多少は乗り切れた。だが、康司が小説を書き始めた頃から、小説を書くためにパソコンの前に座ると、吐き気がするようになっていた。
ネットニュースで、元総理大臣を暗殺した『無敵の人』の特集をしていた。俺は思った。もしかしたら、これは何か月か後の自分の姿なのではないか。俺には失うものが何もないし、恋人も、友人もいない。家族や親せきにも見捨てられた。もし、康司と華怜のことがトリガーになれば…… これ以上ない悲劇が待っている。
俺は、近い将来、俺が事件を起こした後、テレビに出ている評論家たちが、水を得た魚のように俺の心理などを分析し、誇らしげな顔つきで論じている姿を想像してみた。『殺人はいかなる理由があろうと許されない』『極刑にすべき』『無敵の人はどうやったらなくせるか』……どこかで聞いたようなセリフばかりだ。うんざりして、俺は自分の妄想のスイッチを切った。
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