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終.蓮の花の上に
重力に流されるまま、魔王と聖女だった水は大地の底へと沈んでいき、或いは蒸発して、もう二人が居た痕跡はどこにも無くなった。人の世界の混乱も騒乱も、もう関係ないこととばかりに魔王の城は朽ち始めている。城を支えていた魔王の魔力が尽きたからだろう。
遥か彼方、人の気配の一つもない、静かな静かなその場所には広大な池がゆるりと水面を揺らしている。十万億土のかなたにあるそこ、煌めく水面には蓮の花咲き或いはつぼみを薄桃色に染めていた。
ぽん、と音をたてて花が咲く。ぽん、とまた一つ。
「あら? ここはどこなのかしら?」
確か水に成ったはず、とセイラは周囲を確認する。
薄い桃色の、花びらのような壁が周囲を囲んでいる。似つかわしくない真っ黒な塊に気付いてぎょっとするが、それが倒れ伏した魔王だと気付いてセイラは胸を撫で下ろす。
「ねえ、大丈夫?」
そっと声をかけてみる。顔を覆っていた前髪をかき上げると眩しかったのか眉間にしわがよって、そうして魔王は目を開けた。
「…ここは?」
「どこなのかしらね?」
呆けたように周囲を見回す魔王に、セイラは首を傾げて見せる。
薄桃色の壁や、黄色の床を確かめるように触れて回った魔王が、
「蓮の花の中、か?」
と呟く。
「花の中?」
オウム返しに問いかけて、セイラは元の世界のことを思い出す。
「正しく、一蓮托生だったのかしら?」
同じ蓮の花の上に生まれ変わる、と言う話を聞き齧ったことがあるとセイラは呟いた。
「今までいた世界よりは悪くないわよね?」
そう魔王に微笑みかけると、そうだな、と彼は答えた。
穏やかな風が蓮の花を優しく揺らす。次の生を受けるまでの束の間、一面の蓮の花は生まれ変わりを待つ魂のゆりかごとしてゆらゆらと揺れている。
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