序.世界の理

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序.世界の理

 西暦二千年代の日本に生きるあなたに、この世界のことを説明するとしたらまずは何から伝えたらいいのかしら。  と、その手紙は若干乱れた字で綴られた文章で始まっていた。今はもう、読む者もいないだろうその手紙は、最後の聖女が(したた)めたものだった。 それはこう続いている。  ある日、突然それは起こりました。私の意思などお構いなしに。 所謂、異世界召喚というものでした。私の動揺も不安も恐怖も気付かないのか、気付いて素知らぬふりを決め込んだのかは今となっては分からぬことではありますが、その世界の人々は私の感情を置いてきぼりにしたまま話しを進めていくのです。彼らが言うには、私は数十年ぶりの聖女なのだとか。あれよあれよ云う間に、私は聖女として祭り上げられていきました。  気持ちが落ち着いてからよくよく周囲を観察した私を驚かせたは、何と言ってもその歪さでした。まるで中世のような水準の世界、と言えばいいのでしょうか。洋の東西を問わず、支配するものとされるものの境界線がはっきりと分かれ、身分が低ければ低いほど学問に触れる機会の無い時代のような。さりとて、王侯貴族や神官たちの智識と言っても太陽や月が大地の周りを回っているというレベルでしかないのです。…そうは言っても、この世界の物理法則が私たちの世界と同じかどうかは定かではありませんが。  ともあれ正に中世世界と表現しても過言ではないでしょう? ただ、魔法だとか魔物だとか、瘴気だとか、そちらではフィクションとしてしか語られなかったものが当たり前のように跋扈しているというだけで。  ああ、そうね。あなたの好きなゲームや小説、漫画のような世界だと言ったら話が早かったのかしら。  この世界は、魔王の放つ瘴気に蝕まれている。瘴気は魔物を育み強化するのだそう。そして聖女はその瘴気を浄化し、人々を守るために存在するのだとか。  そうして、私は当代の聖女だそうよ。   笑えるでしょう?  ところどころ滲んだその文章は、そこで終わっていた。誰にも届くことの無かった手紙。届けたい相手の許には決して届くことの無かった手紙。  そうしてこの世界の誰にも読み解くことのできなかったそれは、哀しい聖女の独白になるはずだったモノ。くしゃくしゃに丸められ、無造作に打ち捨てられた手紙だったモノは、雨風に晒され朽ちるに任せたままになっている。  この世界は、いくつも存在する平行世界の一つだった。地球と名付けられた世界では終ぞ現れなかった魔法や魔物が当たり前のように在る世界だ。  幸か不幸か、魔法は便利な技術だった。火を熾すことも、病気やけがを治すことも、何かを作ることもできたし、物や人の移動にも対応できる。…魔物を倒すことも、勿論だ。  適性や熟練度というものはあるので、誰もが同じように魔法を使用できるわけではないが、分業という手段で社会はうまく回っていた。(はた)から見れば、生きていくのに不自由はない。  だが、魔法が大抵のことを実現してしまうせいだろう。人々は魔法以外の技術について試行錯誤をすることが無くなった。故に智識の水準は低いまま、それは医療、公衆衛生などの人の健康や命に係わることに関しても例外なく停滞していた。重力だとか、進化だとか、そう言ったことに思考を巡らせる必要性を感じる必要の無い世界は、聖女をして中世世界と言わしめる。
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