第12章 東京ふたり暮らし・ver.だりあ

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「大丈夫、そこはあまり気に病まなくても。あんたは一人じゃないし。わたしも越智も、だりあが誰かと付き合いたいとか言い出したらちゃんとその人物を一緒に見極めてあげるから」 てことは、今一時的に緊急避難場所を提供してくれてるだけってわけじゃなく。 わたしがこの先仕事を見つけてきちんと独り立ちしたあとも、二人は友達付き合いを続けてくれるつもりってことかな。そう考えたらぽっと胸の内に暖かい光が灯った。 「…ほんと?この人と付き合いたいの、とか言って。うゆちゃんに紹介したりしてもいいの?」 「いいって。ていうか、そういうときは一応他人の目も参考にした方がいいよ、特に自分の見る目に自信がないならね。わたしたちが絶対に間違えないって根拠はないけど、客観的な視点はいくつあってもいいでしょ。その代わり、こいつらに彼の何がわかるのとか一刀両断しないで。ちゃんとこっちの意見も考慮してみてよ」 「うん」 こんなときじゃないとそうそうチャンスはない。とばかりに、わたしは手をしっかり握ったまま彼女にぴったりと身を寄せてその温かみを味わった。 中学を卒業して以来、ほんの何回かLINEをやり取りしたくらいでうゆちゃんとの付き合いは遠のいた。 寂しいけどそれは仕方ない。そもそも彼女にはわたしの方から一方的に無理やり接近して勝手に友達面してただけだし。卒業してもズッ友でね、なんてべたべたした関係は彼女の好みじゃないってわかってた。だから連絡を取り合うことがなくなってもそういうもんだと諦めた。 こういう子だって最初からわかってて、好きになったんだから自業自得だ。向こうから何とも思われてない、眼中にないのは折り込み済み。そこは割り切らないと。 だけど、こうしてわたしの絶体絶命の苦境を知ってわざわざ駆けつけて助けてくれたし。これからも彼氏候補の男を彼女の目で見極めてわたしが傷つかないよう気を配ってくれるつもりがあるらしい。 塩対応にもめげずにしつこくくっついて友達ムーブしておいてよかった。やっぱり本命に対する最も有効な攻略法は押しの一手だな。 「…本当はさ」 「ん?」 気づくとぽろっと口から自然と呟きが漏れていた。脳内での独り言のつもりだったので、ちょっと焦る。 「…何でもない」 ほんとは、このままうゆちゃんがわたしの恋人になってくれたら。一番いいのにな。 お互い薄着の生地を通して、初めて感じる彼女の身体の柔らかさがわたしを狂わせる。気を緩めると熾火みたいにそこに残るさっきの欲情の熱が再燃しそうで、何とか意志の力で押し殺した。 わたしは別にレズでもバイでもない。だけど、うゆちゃんとだったら。女性では唯一全然ありかな、と内心ずっと思ってる。 被害の後遺症で正直まだ男の人とは怖くて無理だし。自分の性欲の暴発も嫌だからどうしても臆病になるし、下手したらずっとこのままかも。だけど女性であるうゆちゃんとなら。 優しく思いやりをもって身体を慰めて満たし合えると思うんだけどな。正しいやり方とかは知らないけど、どこをどうすれば気持ちよくなれるかはわたしの方が絶対詳しいし。お互いがいいように導いてあげて、彼女の新しい扉を開いてあげられるかも…。 すりすり、と調子に乗って彼女の肩先に甘えて頭を擦りつけると案の定ちょっとうるさそうに注意された。 「さすがにそろそろ寝な。明日に差し支えるよ、さっきも言ったけど」 「…うん」 素直に頷くと、少しきつく言い過ぎたと感じたのか声を落として和らげる。 「もう怖いことなんもないから。うなされてたら起こしてあげるよ。朝までここにいるから、わたしも。今夜だけだけど」 「うん。…ありがと」 まあ。いいか。 ちょっと残念だけど、これ以上頑張っても多分無理そう。と悟って大人しく目を閉じる。 少なくともうゆちゃんにとって数少ない友人としてカウントされることになった。それだけでも上々、満足しなきゃ。 それに恋人だとちょっと何かあったら一気に拗れて、二度と顔合わせられなくなる可能性もあるし。その点普通に友達なら、これからもずっと付き合いが続いていく確率が上がるもん。 うゆちゃんだって。この先誰か自分が選んだ人と恋に落ちる権利があるわけだし…。 柔らかでいい匂いのする身体から伝わってくる体温のせいで、ふわりと眠気に誘われる。あったかくて気持ちいいし、このまま寝れそう。うとうとし始めた脳裏にふと、掠れたような思考の残滓が浮かんで消えた。 …うゆちゃんの恋といえば。そういえば彼、どうしてるんだろう。奥山くん。 ピアノ留学のプレッシャーの重圧に耐えかねて失踪したって話だけど。このまま二度とうゆちゃんの前に顔出さないつもりかな。…いや、それはない。 きっと彼はいつかうゆちゃんの前に現れる。だって、彼女のことをあんなに好きだったのに。 遠く離れた異国で自ら生命を断って彼女の顔を見ないまま終わるとか。一生失踪したままで元の身分を捨てて生きるとか考えにくい。 きっと、弱ってれば弱ってるほど一目だけでも会いたいって思いに駆られるはず。その気持ちはわたしには、ひりひりと痛いほど覚えがあるもん。 彼のあの懐かしい、涼やかな整った顔をわたしたちが目にするのは案外そう遠い先のことでもないんじゃないかな。と無責任な想像を巡らせつつ、わたしはうゆちゃんのいい匂いに包まれてすっかり安らかな気持ちで深い眠りに落ちていった。 《第7話に続く》
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