第12章 東京ふたり暮らし・ver.だりあ

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「女の身体のどこをどうすればどう感じるかはある程度集合知で察しがつくから。そいつらはそれに則ってあんたの身体を刺激しただけだと思う。それに生理的に反応するのはそういう仕組みだからで、別にだりあの人格と何の関係もないでしょ。誰でもまあまあ同じような状態になると思う。それを個人的なことだと大袈裟に受け止める必要ないよ」 「でも。…普通性犯罪とかの被害者って。嫌悪感しか感じないとか拒絶反応でとてもじゃないけど快感なんてないとかいうんじゃないの」 はっきりしたことは知らないけどそういう印象。半信半疑のわたしの問いかけに彼女は素っ気なく肩を窄める仕草を見せた。 「さあ?よくは知らない。でも、そういう目に遭った被害者にあなたは最中に快感を得ましたか、なんて訊く無神経な人って普通いないでしょ。そこは不問なんだよ、当然の前提として」 わたしの気持ちを宥めるように、そっと握ってた手をもう一度軽く握り返す。 「性感帯を刺激されるんだから身体が反応するのはやむを得ない。でもそれは本人の咎じゃないから追及しないのが当たり前なんでしょ。感じたから被害者じゃないなんて論理絶対におかしい。それより、後に生じた気持ちの方が重要じゃない?あんた、終わったあとはいつも不快で汚らわしくて嫌でたまらなかったってさっき言ってたじゃん」 「それは。…まあ普通そうでしょ。いくら感じたって言ったって。好きでもない人たちに、玩具にされるみたいに」 あまり詳しいことを口にしたくなくて適当に言葉を濁す。彼女はよくできました、とでもいうように空いてる方の手でわたしの頭をぽんぽんと軽く叩いた。 「具体的なこと思い出さなくていいよ。終わったことなんだから、もう全部。夢に出てきたのはきっとフラッシュバックみたいな反動なんだと思う。忘れたと思ってる頃にわっとリアルな記憶が戻ってくることってあるでしょ。快感だってそれがあんたを傷つけてるならやっぱりトラウマの記憶なんだよ。そもそも感じたこと自体が屈辱で、それが理由でずっと密かに苦しんでたんじゃないのかな」 「…ああ」 まさかうゆちゃんの台詞でふっと腑に落ちる思いをすることになるとは予想もつかなかった。だけど、それはそう。 わたしが一番傷ついてたのはあの人たちに何をされたかよりももっと、自分の身体があれを愉しんで快楽を貪ったっていう事実の方だった。あんなの嫌だって思わなきゃいけないのに。気持ちいい、もっとしてほしい。弄って舐めてぐちゃぐちゃに中を突いて激しくかき回してもらいたい、ってその最中だけでも考えちゃったってわたししか知らない本当のこと。 それを見て見ないふりして記憶の底に押し込んだ。無理に抑えつけたから反動でいきなり夢の中に飛び出してきたのか。それは確かに一理ある。 身体の奥にわだかまってた、いつ暴れ出すかもわからない時限爆弾みたいなぎゅっとした欲求の塊が気づくと解れて小さくなりつつあった。 「…でも。もしかしたら、今は平気でも。いつかまたあのときのことをありありと思い出して、どうしてももう一度あれがしたい。とか考えちゃったらと思うと」 覚めた夢の遠くなりかける記憶の中で、もっともっと、と腰を振ってあられもなく夢中でねだった自分をぼんやり思い浮かべてぞっとする。 「その辺の男の人を捕まえてしてほしいって迫ったり。出会い系とかで行きずりの相手を漁ったりする女になったらどうしよう。…自分を制御できないくらい発情しちゃって頭おかしくなって、何もかもめちゃくちゃにしちゃうとか。もうわたし、とっくに自分じゃ気づかないうちに既にセックス中毒になってるのかも。しれないし…」 「それは大丈夫でしょ。見た感じそういうようには思えない。あんまり気にし過ぎない方がいいと思うよ」 うゆちゃんはわたしの背中に手を添えて、あやすように弾ませながら柔らかな口調で宥めた。 「大体、中毒になってるんならこの前のナンパのときに普通についてってるでしょ、例え相手が知らない男でも。普段越智と普通に接してるときも全然、男だからどうとかって思うところもなさそうだし。今日はほんとにフラッシュバックであんまり生々しく思い出したからその影響で動揺してるんだと思うよ。あんたは多分何も変わってない。性欲だって特別強くも弱くもないと思う」 「そう。…かなぁ」 最後の台詞には正直半信半疑。うゆちゃんにそれ、言われてもなぁ。絶対にわたしよりそっちの欲求薄いじゃん。そんな人に急に尤もらしいこと言われてもね。 「いやあんたのが一般的にいって強い方か弱い方かは知らんよ?そりゃ。てか誰でも自分が世間的にどの辺のレベルでそれ好きかって、判定のしようがないだろ。単にどのみち正常の範囲内に収まるんじゃないのってことを言っただけ。…多分だけど。だりあは普通に好きな人を見つければ、その相手で充分満足できる子だと思うよ」 「うーん…。そうかなぁ」 それはどうだろう。自然と陽くんと付き合ってた頃の記憶が蘇る。彼とのセックスがわたしの掛け値なしの初めてだったけど。
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